組閣人事は、新政権の方向性を内外に示すメッセージである。岸田文雄首相は、拉致問題担当相を松野博一官房長官に兼務させた。
安倍晋三政権の菅義偉氏以降、拉致問題担当相は官房長官との兼務が指定席となっている。
歴代の首相が拉致問題を「最重要課題」と言い募っても、激務との兼務は問題を軽んじていると内外に受け止められても仕方あるまい。
北朝鮮による拉致被害者、横田めぐみさんの母、早紀江さんは新任の松野氏について「全然知らないんです。初めて拝見した」と述べた。拉致被害者家族会の飯塚繁雄代表はより直接的に「意気込みが感じられない。官房長官と兼務して片手間にやれるような雰囲気だけど、そんなことではだめだ」と話した。
同様の感想を、北朝鮮側も持つのではないか。日本の政権は拉致問題を重視していない。そんな予断を与えないか。岸田、松野両氏は早紀江さんと飯塚代表に電話であいさつしたというが、家族の焦燥感の払拭にはほど遠い。
岸田首相と拉致問題担当相を兼ねる松野氏は、3日付の産経新聞に掲載された「めぐみへの手紙」を熟読してほしい。
ここに早紀江さんは「拉致事件が起きて40年以上が過ぎゆく中、非道で残酷な事実は風化し、解決が遠のいていく不安を常に感じていました」「このままでは、日本は『国家の恥』をそそげないまま、禍根を次の世代に残してしまいます」と記した。
政府はこの母の思いを真摯(しんし)に受け止め、家族の不安を行動で打ち払ってもらいたい。
岸田首相は2014年5月に北朝鮮が拉致被害者の再調査を約束した「ストックホルム合意」の締結時に外相を務めていた。まずこの約束の不履行を責め、首脳会談を強く求めるべきだ。拉致への怒りが冷めることはないのだと、知らしめなくてはならない。
5日は、めぐみさんの57歳の誕生日だった。昭和の東京五輪が開会する5日前に生まれ、前途は洋々と開けていた。それが13歳の秋に北朝鮮の工作員に拉致され、連れ去られた。
見知らぬ国での少女の理不尽なとらわれの日々や、その後の家族の長くつらい残酷な年月を思うとき、政治の不作為は決して許せるものではない。