【ビブリオエッセー】多くの声をありのままに 「セカンドハンドの時代―「赤い国」を生きた人びと」スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著 松本妙子訳(岩波書店) - 産経ニュース

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多くの声をありのままに 「セカンドハンドの時代―「赤い国」を生きた人びと」スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著 松本妙子訳(岩波書店)

1990年代にさしかかったあの頃、「ソ連」国民の誰もが今よりよい社会が来ると思っていた。重苦しい時代は去り、人間の顔をした社会主義の到来だと期待に胸をときめかせた。

しかし、ソ連崩壊後は野心家たちによる手段を選ばない、少ないパイの奪い合いでギャングまがいの成功者が大手を振って歩く時代に。平凡な元「ソ連」国民は茫然とするばかりだ。それまでの私たちは文学や演劇が生きる糧のように語り合っていたのが、今では金もうけの話ばかり…。そう昔を懐かしむ声があった。周囲から「ソヴォーク(粗連人)」と嘲られ、前途に絶望した人たちの自殺も相次いだ。

著者は1948年、ウクライナに生まれ、ベラルーシで育った女性作家。ソ連解体後の変わり果てた時代を生きる人びとの実像を取材すべくおびただしい数の元「ソ連」国民や若いロシア国民の声を拾い集めた。

邦訳で600ページ。話者と長い時間をかけて向き合い、口を一切はさまない。整えられた文章ではなく話したままの「心の声」が記される。「死ぬ覚悟でいたのは自由のためであって、資本主義のためじゃなかった」「待ちのぞんでいたのは、平等と団結だ」。苦悩に満ちた話が大半だがページをめくる手は止まらない。

本書が刊行された2年後の2015年に著者はジャーナリストとして初めてノーベル文学賞を受賞した。「真の苦しみの中にいる人が絞り出すようにして語る言葉は、崇高なものになる」。アレクシエーヴィチの著書『戦争は女の顔をしていない』にこんな一節がある。

名もなき「小さき人々」の苦悩に向き合い描き切るのがロシア文学の伝統だというのは知っていた。それを若い時期に読書体験できなかったのが悔やまれる。

大阪市生野区 徳山寿夫(56)

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