狭かった恭仁宮の朝堂院 全ての役所は入れたのか(1/2ページ) - 産経ニュース

狭かった恭仁宮の朝堂院 全ての役所は入れたのか

朝堂院の北東隅周辺から出土した掘っ立て柱跡。途中で途切れ、全体の範囲が確定した=京都府木津川市
朝堂院の北東隅周辺から出土した掘っ立て柱跡。途中で途切れ、全体の範囲が確定した=京都府木津川市

奈良時代の天平12(740)年から聖武天皇が都を置いた宮殿「恭仁(くに)宮跡」(京都府木津川市、国史跡)について、発掘調査を担う京都府教育委員会は9月、役所の集まる区画「朝堂院(ちょうどういん)」の範囲や構造が確定したと発表した。だが、今回の規模では8~12棟と想定される役所が入りきれないという新たな疑問が出てきた。昭和49年から続いてきた調査を基に、残された謎を追った。

役所があふれる空間

恭仁京は、天平12年に九州で勃発した藤原広嗣の乱を機に、各地を転々とした聖武天皇がたどりついた都とされる。しかし近年では、中国の都城にならい、平城京の副都の意味合いを込めて造営したとする説もある。

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