ついにノーベル賞予想に登場 「ホラーの帝王」スティーヴン・キングの文学性とは

風間賢二さんが執筆した『スティーヴン・キング論集成 アメリカの悪夢と超現実的光景』
風間賢二さんが執筆した『スティーヴン・キング論集成 アメリカの悪夢と超現実的光景』

120年の歴史があるノーベル文学賞で、ミステリーやホラーなどのエンターテインメント小説を書き続けた作家に賞が与えられたことはない。そんな大前提に反し、英ブックメーカー(賭け屋)の受賞者予想に最近、米国の「ホラーの帝王」スティーヴン・キング(74)の名が挙がっている。恐怖で世界中をとりこにするキングの文学性とは? 『スティーヴン・キング論集成 アメリカの悪夢と超現実的光景』(青土社)を今年刊行した翻訳家の風間賢二さんに聞いた。

「ごく普通の人々を主役に据えて日常の中の恐怖を巧みなストーリー展開で描く。マニアックな印象があった怪奇幻想の分野でベストセラーを連発し、1980年代のモダンホラー・ブームを牽引(けんいん)した画期的な人」と風間さんは評する。

キングは74年に刊行した超能力を持つ少女の復讐(ふくしゅう)譚『キャリー』で一躍脚光を浴び、続く『呪われた町』『シャイニング』もベストセラーに。故郷のメーン州らしき田舎街を舞台にした物語が多く、主要作品が軒並み映像化されている。ホラー以外の作品も評価が高く、なかでも原作映画「スタンド・バイ・ミー」「ショーシャンクの空に」は日本にもファンが多い。邦訳版の累計部数は文芸春秋刊の作品だけでも約450万部に上る。

「ホラーの形を借りながら、極限状況における人間の不安や欲望、野獣性を表現する。特徴的なのは父親やペットといった既知の存在が突如未知のものに変貌していく恐怖です。精神面を深く掘り下げるキング作品は大衆文学と純文学の懸け橋。家庭内暴力や虐待、依存症といった現代的な問題も多く含まれている」

疫病に襲われた終末的世界を紡ぐ大作『ザ・スタンド』(78年)はコロナ禍の昨年再び映像化された。正体不明の怪物と少年少女の物語『IT』(86年)では断片を連ねる多声的な構成が目をひく。ケネディ大統領の暗殺日を題名にした『11/22/63』(2011年)は悲劇を阻止するために主人公がタイムトラベルする歴史改変ものだ。

転機は出版元の変更

題材も手法も多彩で「近年はアカデミズムの場でも研究対象になっている」。1996年に優れた短編に贈られるO・ヘンリー賞を受け、後に出版元をヘミングウェー作品なども出すスクリブナー社に変えたのも転機となった。2003年に米国を代表する全米図書賞の特別功労賞を受賞。14年には当時のオバマ大統領から国民芸術勲章を受け、国民的な作家となった。

「ベストセラーの基本は最後に愛や正義が勝つ、いわゆる社会派メロドラマですよね。でもキング作品はよくその逆を行く。人徳のある善人も不条理な目に遭う。それが世界の現実であり本当のリアリズム。思い浮かぶのは(独哲学者)ショーペンハウアーが説く『共苦』です。悲しみや苦しみを分かち合うから、読者は他者を思いやる気持ちが奮い立たされる」

英ブックメーカー、ラドブロークスのノーベル文学賞の受賞者予想で、キングのオッズ(賭け率)は51倍(9月末現在)。ただ、予想には人気投票的な要素もあり、実際の受賞者は知る人ぞ知る詩人や純文学の書き手が大半だ。スパイ小説で知られる英作家ジョン・ル・カレも予想に名を連ねながら昨年亡くなった。

「(米シンガー・ソングライターの)ボブ・ディランの受賞が突破口になるのかも」と風間さん。「ただ、ノーベル賞はやはり難しいでしょうね。純文学は文体を問題にしますから。キング作品は卑語や俗語がたっぷり。まあ、だから幅広い層に受け入れられているんですけれど」

かざま・けんじ 昭和28年生まれ。武蔵大人文学部卒。翻訳家、幻想文学研究家。『ホラー小説大全』で日本推理作家協会賞を受賞。ほかの著書に『ジャンク・フィクション・ワールド』など。