ノーベル物理学賞に輝いた米プリンストン大上席研究員の真鍋淑郎(しゅくろう)氏(90)が開発した「気候モデル」は、人類の大きな課題である地球温暖化の予測に欠かせない。経験に基づき行われていた気象予測の世界に、初めてコンピューターによるシミュレーション(模擬実験)を持ち込んだ。飛躍的に高精度な予測を実現した功績は大きく、真鍋氏は「温暖化研究の父」ともいえる存在だ。
地球の気候変動は、大気の循環と海洋の循環が複雑に絡み合い、影響し合うことで生じる。現在では、大気や海洋のデータをコンピューターに入力し、大規模なシミュレーションを行うことで、高精度な予測が可能になってきている。だが真鍋氏が、その基礎となるコンピュータープログラムである気候モデルを開発するまでは不可能だった。
開発の第一歩は、真鍋氏が米環境科学局の上席気象研究員だった1967年に発表した「1次元大気モデル」だ。大気を地上から上空までの1本の柱と考え、大気の対流や地表からの放射熱などの影響によって、高度ごとの気温がどうなるかを予測するプログラムだ。
これを使って大気の気温分布のシミュレーションを行った。すると、地上から数十キロまでの対流圏では高度が上がるにつれて徐々に気温が下がる一方、それを越えた成層圏では逆に高度が増すごとに気温が上がるという、実際に地球を取り囲む大気の状態を見事に再現できた。
このとき真鍋氏は、モデルのでき映えを試すため、ふと思いついて大気中の二酸化炭素濃度の設定を2倍にしてみた。すると地上の平均気温が2・3度上がった。この結果を同僚らに軽い気持ちで伝えたところ反響が非常に大きく、温暖化研究を本格化させることになった。
69年には、シミュレーションの要素に海洋の影響も加えた「大気・海洋結合モデル」を発表。大気の温度上昇は、地表から放射される熱だけでなく、地球の表面の7割を占める海洋が放射する熱の影響が大きい。このため海流による熱の循環なども考慮し、予測の高精度化を図った。
この仕組みを基本に、さまざまな条件や設定の見直しを続け、真鍋氏は温暖化の予測に取り組んだ。そして89年、大気中の二酸化炭素濃度が上昇すると、全球的な気温上昇を引き起こすことを気候モデルで示した世界初の論文を発表。これをきっかけに、世界中で温暖化研究が活発化し、各国で二酸化炭素排出量の削減への取り組みが始まった。(伊藤壽一郎)