【勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一(323)】藤田神話 「打てば勝つ」新たな救世主 - 産経ニュース

メインコンテンツ

勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一(323)

藤田神話 「打てば勝つ」新たな救世主

アニマルから勝利のパンチを浴びる藤田=1986年6月27日、西宮球場
アニマルから勝利のパンチを浴びる藤田=1986年6月27日、西宮球場

簑田、佐藤の飛車角を欠いた阪急。だが、誰かが倒れれば必ず誰かが出てくる。それが勇者の強さだった。

5月、チームに〝神話〟ができつつあった。それは「藤田が打てば試合に勝つ」というもの。もちろん、初めは誰もそんな神話など信じなかった。ところが7試合、8試合と続くと…。5月13日の近鉄5回戦でなんと11勝目。そして球団創立通算6000試合目となるメモリアルゲームで―

5月15日 西宮球場

近鉄 100 000 000=1

阪急 003 202 20×=9

(勝)今井2勝3敗 〔敗〕佐々木3勝2敗

(本)藤田⑦(佐々木)⑧(久保)松永④(加藤)

0―1とリードされた三回1死、藤田が左翼越えに二塁打を放つとベンチは「きょうも勝ったで!」と沸きかえった。2死から福本の内野安打、弓岡四球で満塁としブーマーが左前へ2点タイムリー。さらに松永が左中間へ二塁打して逆転。その藤田が四回と六回にプロ入り初の2打席連続アーチを放つとベンチでブーマーが大騒ぎ。

「フジタはビョウキだ。すぐに病院に連れて行かなきゃ。それともボクと3番を代わろうか?」

藤田浩雅、36年10月3日生まれ。静岡県出身、当時24歳。御殿場西高―関東自工を経て57年のドラフト3位入団。2年目の59年、正捕手となり打率・287、22本塁打、69打点、盗塁阻止率・423をマーク。優勝に大貢献し「新人王」「ベストナイン」「ダイヤモンドグラブ賞」に輝いた。ところが、翌60年は成績をガクンと落とし、「連覇を逃したのは藤田の不振が原因」とまでいわれた。

「それは、ワシのせいなんや」と上田監督が申し訳なさそうな声を出す。

「実はアイツの性格を見誤ってしもたんや。この子は怒鳴りつけても逆に闘志を燃やして向かってくる子やと思って、去年(60年)のキャンプでお尻を蹴り上げた。そしたら、反発するどころかシュンとなって…1年間アカンかった。ワシの監督人生の中で最大の失敗や」

そんな藤田が4打数4安打2ホーマー4打点。「どうなってるんでしょう。ブーマーがいうように、病院へ行こうかな」。勇者の〝救世主〟が照れくさそうに笑った。(敬称略)