一筆多論

地盤沈下するASEAN 内畠嗣雅

ミャンマー・ヤンゴンで国軍のクーデターに反対するデモをする人々=7月(ゲッティ=共同)
ミャンマー・ヤンゴンで国軍のクーデターに反対するデモをする人々=7月(ゲッティ=共同)

ミャンマーでは、クーデターで権力を握った国軍が統治の既成事実化を進め、反対する市民への弾圧を続けている。事態収拾が遠いのは、ミャンマーが加盟する東南アジア諸国連合(ASEAN)が積極的な調停に出ないのが大きな要因であり、ASEANの地盤沈下を際立たせている。

2月1日のクーデターから約3カ月後の4月下旬、ASEAN首脳会議は、当事者間の対話で平和的解決を目指すとし、対話促進のため、特使の派遣を決めた。ASEAN特使が中に入って、国軍側と、民主政権の指導者だったアウン・サン・スー・チー氏ら民主派側とを話し合いの席に着かせるというのだ。

だが、特使派遣は人選の段階で難航し、8月になってようやく、議長国ブルネイのエルワン・ユソフ第2外相に決まった。これが、今に至るまでのASEANの調停の全てで、ほかには何もしていない。ASEANは「内政不干渉」と「全会一致(コンセンサス)による意思決定」を行動原則としており、一国の問題に介入するのは不得手だ。だが、そんな言い訳を繰り返していてよいものか。

ASEANが一国の問題に介入し、成果を挙げた例もある。1997年7月、ASEAN加盟直前のカンボジアで、連立与党間の武力衝突が起きた。ASEANはただちに加盟延期を決め、インドネシア、フィリピン、タイの3カ国外相を調停団に、双方の調停にあたらせた。3人はそろってプノンペンに乗り込んだほか、支持を求めて中国にも飛んだ。インドネシアのスハルト政権などで10年以上外相を務めたアラタス氏はカンボジアに対しすごみを利かせることができた。そういう人材が今、ASEANにいないのではないか。

カンボジアは98年7月の総選挙を「自由公正」と認められる形で乗り切り、翌年ASEAN加盟を果たした。総選挙の環境づくりには日本の貢献も大きかったが、ASEANの行動があってこそ、力を発揮できたといえよう。

バイデン米政権はアジア重視を鮮明にし、ハリス副大統領や閣僚らが相次いでASEAN諸国を訪問した。日米が提唱する「自由で開かれたインド太平洋」は、その真ん中にASEANがある。ASEANが脚光を浴びているように見えるが、米国にとっては、覇権的振る舞いを強める中国の抑止が最大の目的であり、ASEANが主体的、創造的な行動に出ているわけではない。

ASEANが主催する東アジアサミット(EAS)は、名称に東アジアを冠しながら、日本や中国、韓国に加え、遅れて米国とロシアも参加した。かつては、ASEAN自体に求心力があったのだ。だが、トランプ前米大統領は在任中、4度のEASを全て欠席した。アジア軽視と批判されたが、中国への警戒が薄かった政権初期にあっては、すでに東南アジアまで足を運ぶ価値を見いだせなかったのだろう。

そうであっても、日本はASEAN諸国の対等のパートナーとして、東南アジア重視の外交を貫くべきだ。ミャンマーの現状を打開するには、単独で調停にあたったり、米欧と足並みをそろえたりするより、ASEANを動かし、連携して対処することが重要である。手をこまねいていては、事態は悪化するばかりだ。(論説委員)