一粒の種から芽生えた大樹が巨大な岩を抱きかかえる。熊本県天草市の「西平(にしびら)椿公園」の薄暗い林を進んでいくと、力強い樹木が現れた。
巨木はアコウというクワ科の常緑樹。沖縄や九州、四国などに分布している。海沿いの防風林などにも利用され、天草市の「市の木」でもある。地元ではなじみのある木だ。
木は高さ約20メートル、幹回り約6メートルの大きさだが発見されたのは約7年前。周辺には地元で「蔵岩」と呼ばれる大きな岩があり、背の高い木々が生い茂っていた。「岩の近くに相当な大きさの木が隠れている」と近所の男性から公園を管理する団体「西平カメリアクラブ」に声が寄せられ、周囲の木を伐採してみると、蔵岩の上に鎮座する姿があらわになった。
同団体の白迫修一会長(70)は「岩に落ちた種が人知れずこんなに根を張っていたとは。生命力に驚いた」と当時を振り返る。
偶然の発見が地域の新たな観光資源にもなった。平成30年に公園から10キロほどの「崎津集落」が世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」に登録され、訪れる観光客が増加。アコウの木にも立ち寄るようになり、SNSなどで一躍有名になった。
九州の樹木に詳しい森林総合研究所の大谷達也研究員は「アコウは潮風にも強く、材木や炭には適さないため、切られず残っている巨木が多い」としつつ、「海沿いの土地は開発が入りやすいため、適切に保全する必要がある」と警鐘を鳴らす。
推定で100年以上を生き抜いてきたアコウ。白迫さんは「コロナ禍で落ち込みがちな人も、収束したら木の生命力を分けてもらいに来てほしい」と話した。(写真報道局 鴨川一也)