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息づく南北朝時代のドラマ 福岡・八女で全国協議会

「金烏の御旗」の由来について語る五條家25代の元滋さん
「金烏の御旗」の由来について語る五條家25代の元滋さん

福岡県八女市の奥八女と呼ばれる地域に南北朝時代の歴史ドラマが息づいている。征西将軍の懐良親王とともに九州入りした公卿(くぎょう)、五條頼元の末裔(まつえい)の家=同市黒木町大淵=には古文書などが伝わり、毎年秋に後醍醐天皇から授かったとされる軍旗「金烏(きんう)の御旗(みはた)」(国指定重要文化財)の前で御旗祭の神事が執り行われている。同市では7、8日に南北朝時代にゆかりの深い13市町村でつくる「全国南朝の歴史資産等所在市町村活性化協議会」の総会が開かれる。

後醍醐天皇の軍旗保存

天皇中心の政治を目指し奈良・吉野に南朝を開いた後醍醐天皇は、皇子たちを全国各地に派遣した。九州に派遣されたのが、征西将軍に任じられた懐良親王で、まだ幼少だった親王の補佐役として、ともに九州入りしたのが公卿の五條頼元だった。懐良親王は熊本の菊池武光らの支援を受けながら勢力を拡大し、約10年にわたって九州を支配した。だが、後醍醐天皇の孫で、懐良親王の後任として九州に派遣された後征西将軍の良成親王の時代になり、南朝方が衰退すると、一族は奥八女に撤退したとされる。

五條家では、こうした歴史に関連する遺産を代々守り続けてきた。その一つが「金烏の御旗」で、「八幡大菩薩」の文字は後醍醐天皇の直筆とされる。また、後醍醐天皇の崩御前日に側近によってしたためられたという綸旨(りんし)が密書の形で保存される。南北朝時代の古文書や大友宗麟など戦国武将の文書が含まれる五條家文書17巻などは国の重要文化財だ。

五條家では、毎年秋分の日に、先人をしのぶ御旗祭を開き、古文書などの虫干しを兼ねて一般にも公開。県内外の歴史ファンでにぎわってきた。しかし今年はコロナ禍のため昨年に続き、関係者だけで神事のみを執り行った。

9月23日の神事では、25代当主の元滋さん(65)が祝詞を奏上、地元住民で結成している五條家宝物顕彰会の月足靖彦会長らが玉ぐしを捧げ、600年以上にわたって歴史遺産を守ってきた五條家の先人たちに思いをはせた。三田村統之八女市長は「数々の歴史ドラマの証人を受け継いでいることは八女市の誇り。今後とも継承していってほしい」と話した。

福岡県八女市矢部村の良成親王墓
福岡県八女市矢部村の良成親王墓

元滋さんによると、五條家は奥八女の矢部を拠点に、懐良親王と良成親王に仕えた後も矢部の土豪として残留。戦国時代になると大友宗麟の武将となった。豊臣秀吉の時代には領地は没収されて大分・玖珠に移住。その後、加藤清正に500石で召し抱えられたが、その加藤家が改易。最後はかつての盟友、立花宗茂に仕え、現在の奥八女に戻って歴史遺産を守ってきたという。こうした功績が認められ、五條家は明治30年、男爵を授けられた。

元滋さんは「初代頼元はもともと文官だったこともあり、文書を大事にする伝統が根付いたのではないか」と振り返る。