書評

『ゼロコロナという病』藤井聡、木村盛世著 生きてさえいればいいのか

高齢者を専門とする精神科医をしていて、「コロナ禍」以降、違和感がずっと続いている。本書では、社会工学を専門とする藤井聡氏と、感染症学を専門とする木村盛世(もりよ)氏がそんな違和感に答えてくれる。

私の違和感の一つは、新型コロナウイルスが市民生活どころか、移動や営業の自由など基本的人権を奪う必要があるほど怖い病気かということである。高齢者の臨床をしていれば、1シーズンにインフルエンザの関連死だけで1万人、肺炎で10万人が亡くなる事態に直面する。1年半で死者数が1万8000人弱の新型コロナ感染症で、ここまで人権を抑制していいのか。

第2の違和感は、自粛という医療的介入の副作用が語られない点だ。自粛は高齢者の運動機能や認知機能に大きな悪影響を残す。精神科医としても、鬱病やアルコール依存症のリスクが増すのに、と違和感を覚える。自粛が一種の医療処置であるなら副作用も考えないといけないのに、それが無視されている。

第3は、十分な病床があるのに、医療逼迫(ひっぱく)の名目で一般市民だけに自粛を強要する違和感だ。医師法は患者の診療を拒否することを禁じているし、国民は病気になれば治療を受ける権利と引き換えに保険料を払い続けている。「感染症で忙しいのは困るので、患者は家に引きこもってください」などという医師は保険医の資格があるのか?

これらの問題に対し、本書の第1章では、何の規制も受けないテレビ局の暴走でどんどん怖い病気に仕立て上げられるメカニズムを2人が解説する。

第2章では「コロナ死か、自粛死か」という形で、自殺や鬱などの副作用を木村氏が、経済的損失を藤井氏が答えてくれる。病床逼迫のためと説明され、感染者が医療を受けられず在宅死をさせられることがさらにこの病気の不安を煽(あお)る現実を、「上から目線と専門バカ」の章で痛快に斬ってくれる。

問題はこのような情報が日本人に共有されていないことだ。少なくともテレビでは排除される。そういう点で情報源としても重要な材料と断言できる。

生きていさえすればいいのかという根源的な疑問で本書は締めくくられるが、これは医療者全体への問いかけのはずだ。(産経新聞出版・968円)

評・和田秀樹(精神科医・国際医療福祉大教授)