話の肖像画

出井伸之(2)学者の父、母は洋裁店 大連で迎えた終戦


《父親の仕事の関係で、終戦を中国・大連で迎えた。幼いながら、時代の激変を異国の地で体験した》


先の大戦が始まったのは僕が幼稚園児のときで、鎌倉の海岸をおやじと散歩しているときに開戦を知りました。その後、おやじは中国・大連の商工会議所に勤めることになり、家族で中国に渡ったのです。毎朝、家に車の迎えが来ていたので幹部だったのだろうと思います。

終戦を迎えたのは7歳のとき。僕は海外で敗戦というものを体験しました。中国人と日本人の立場が逆転するのを見たり、ソ連の兵士に追いかけられて姉と一緒に走って逃げたり、とても怖い思いをしました。

おやじは職を失い、家族で家からも追い出されました。代わりにおふくろと姉の洋子が2年余りの間、ソ連の将校に洋服を作ってあげて何とか食いつないでいました。

ようやく日本に向かう引き揚げ船に乗ることができたときも、本当に帰国できるとは信じられなかった。自宅があった東京・成城まで戻って、家が焼けずに残っているのを見たときほど、ほっとしたことはありません。(聞き手 米沢文)


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