横田めぐみさん57歳 「明かり消えた」家族の喪失深く

記者会見する横田早紀江さん=2日午後、川崎市(代表撮影)
記者会見する横田早紀江さん=2日午後、川崎市(代表撮影)

いつも笑顔の真ん中に、娘が、姉がいた-。北朝鮮に拉致された横田めぐみさん(56)=拉致当時(13)=が5日に57歳の誕生日を迎えるのを前に、母の早紀江さん(85)、弟の拓也さん(53)が2日、報道陣の取材に応じ、深い喪失感と悲しみを改めて語った。

「突然、明かりが取り外されたような」。早紀江さんは、めぐみさんが拉致されたあとの一家の様子をそう表現した。

めぐみさんが13歳になるまでは、家族全員で誕生日を祝ってきた。早紀江さんが焼く鶏もも肉が、お祝いメニューの定番。手作りのバターケーキも食卓を彩った。いつも朗らかなめぐみさんが、一層、笑顔を見せる日だった。

13歳の誕生日から1カ月後の昭和52年11月15日、めぐみさんは姿を消した。44年近い年月が過ぎ、拓也さんは「今、57歳になろうとしている姉の姿は、想像もできない」とうつむく。

「また一緒に誕生日を過ごせる日が、本当に来るのだろうか」。早紀江さんは自身の体調も念頭に、不安を率直に口にした。

この日は、早紀江さんの住む川崎市内で、拉致被害者家族を支援するオンライン集会があり、帰国した拉致被害者の曽我ひとみさん(62)が、居住地の新潟県内からリモートで参加。曽我さんは、昭和53年8月に母のミヨシさん(89)=同(46)=とともに拉致されたあと、めぐみさんと同じ招待所で過ごした時期があった。

曽我さんは、アイスクリームが提供されたとき、製造機の中に残ったクリームを一緒に指ですくい取ってなめ、笑いあったエピソードを明かした。別の住まいに移る際には、大切にしていた赤いかばんをプレゼントしてくれたといい、「めぐみさんの優しさが心にしみた」と振り返った。

今年で90歳になるミヨシさんは、未帰国のまま。曽我さんは「日本に残る家族の方々も高齢になり、もう時間がない。皆さんの力を貸してほしい」と、国民全体の協力を求めた。

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