点滴連続死初公判詳報

(6)「血尿、肺が真っ白に」主治医の証言

点滴連続中毒死事件の初公判で、傍聴券を求めて並ぶ人たち=1日午前、横浜地裁
点滴連続中毒死事件の初公判で、傍聴券を求めて並ぶ人たち=1日午前、横浜地裁

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《横浜市の旧大口病院(現・横浜はじめ病院、休診中)で平成28年、入院患者3人の点滴に消毒液を混入し中毒死させたとして、患者3人に対する殺人罪などに問われた元看護師、久保木愛弓(あゆみ)被告(34)の初公判は、再びの休廷を挟んで、午後3時40分ごろから審理が再開された。今度は、最初の被害者である興津朝江さん=当時(78)の主治医の供述調書が読み上げられた》

《主治医によると、興津さんが大口病院を訪れたのは、亡くなる数日前の9月12日。「9日に自宅で玄関を出るときに、転倒した」と話したという。右ひじと右ひざをけがをしており、特に、右ひざのけがが重かった》

検察官「(興津さんは)ぐったりとしていた。傷口に細菌が入り、感染症に罹患(りかん)したと考え、入院が必要だと判断した」

《興津さんは、当初「自宅に3匹のネコがいるので世話をしないといけない」などと入院を拒んだが、主治医らが説得。翌日の13日から入院することが決まった。このとき実施した血液検査では、興津さんの白血球の数値は、一般的な成人女性の数値を大幅に超えるものだったという》

検察官「13日の午前に来た興津さんは、前日より顔色がよく、反応もしっかりしていたため、回復していることがはっきりとわかった。聴診器などによる検査も異常はなく、入院中に突然亡くなるような状態ではなかった」

《そのため、主治医は興津さんに、過度に行動制限は課さなかった。入院後の興津さんは、状態が徐々に良くなっていくようだったという。「自分で歩けるし、看護師に文句を言ったりもしていた。回復傾向にあると考えた」。主治医はこう回想している》

《翌14日、興津さんが「ネコや家のことがあるので夕方まで外出したい」と希望したため、主治医も午後3時までという条件で許可を出した。その後、病院に戻ってきた興津さんに、ひざの消毒などを実施。主治医が再び興津さんに会ったのは、亡くなった当日だった》

検察官「16日に出勤したときも、容体に変化があったという報告は受けなかったが、看護師からは『(興津さんが)退院したいと言って騒いでいる。看護師に当たり散らしていて困る』と相談を受けた。健康状態もさらに良くなっているようだったので、血液検査の数値を確認し、退院の判断をしようと思った」

《検査の結果、白血球の数などが、来院当初より明らかに低下していることが確認され、他の検査項目にも異常はなかった。「退院させて、外来で対応できるか判断しよう」。興津さんにそのことを伝えようと思ったとき、容体の急変を聞いた》

検察官「1階の診察室にいると、『興津さんがトイレで倒れ、多量の血尿が出ている』と連絡を受けた。確認しに行くと、すでに興津さんはベッドに横になっており、何人かの看護師が付き添っていた。興津さんは顔をゆがめながら『痛い、痛い』と訴えていた」

《容体が改善する様子は一向になく、血中酸素飽和度も80台まで低下。痛みを訴える声も、徐々に小さくなっていったという。主治医は、血尿の原因を検査するべきと判断し、他病院の泌尿器科に搬送を試みた。到着時に興津さんは、血中の酸素が不足して皮膚が変色するチアノーゼの状態になっていた》

「救急室に入ったときには呼吸が停止した。処置中に、技師がレントゲンを撮影をしたところ、肺が真っ白になっていた。明らかな呼吸不全になっていることが分かった」

《懸命の処置にもかかわらず、興津さんの意識は戻らなかった。家族は延命措置を望まない意思を示したため、処置を中止して大口病院に戻り、最期を看取ることになった》

《その後、興津さんの白血球などの数値が容体が急変する前の数値から大幅に上昇していたことも確認された。主治医は、この点が気になったという》

=(7完)に続く