新型コロナウイルス感染拡大により、開催について大きな議論が巻き起こった東京五輪・パラリンピックは大部分の競技が無観客とはなったものの、大きな感動を日本社会に提供して閉幕しました。今大会ではオリンピック、パラリンピックともに過去の大会と比較して飛躍的に成績が向上し、多くのメダリストが誕生しました。
飛躍的なパフォーマンスの向上はアスリートやコーチの努力が結実した結果ではありますが、ほかにもいろいろな要因があります。その中のひとつが、スポーツ科学的な支援です。約20年前、東京都北区西が丘に国立スポーツ科学センター(JISS)が開設され、同センターのスタッフやスポーツ科学系の大学の研究者などがさまざまな競技・種目に対して、現場のコーチやスタッフと連携してサポートを行ってきました。
以前から続けられてきた競技パフォーマンス向上のためのさまざまなトレーニング方法の開発に加え、近年ではスポーツ科学の研究対象として、「リカバリー」が加わりました。ヒトの身体はトレーニングや試合によって疲れてしまいます。また、炎症や栄養の枯渇などが発生します。リカバリーはこのような状況から身体を素早く回復(リカバリー)させて、次のパフォーマンスにつなげることを目指します。以前は「苦しいトレーニングを耐えた先に栄光がある」というイメージが大きかったかもしれませんが、現在ではこのリカバリーをどれだけ巧みに取り入れるか、がパフォーマンスの成否に大きな影響を及ぼします。
私のような研究者は、あるひとつのトレーニングやリカバリーについて、それを取り入れる前と後とで、どのような生理学的変化が生じるかなどを研究して、効果の評価をしています。しかし、競技現場ではそんな単純な条件ではなく、変化に富んだ環境の中でアスリートはパフォーマンスを発揮することが求められます。そのため、アスリートのコンディションを最適化するスタッフやコーチは研究者が提供するトレーニングやリカバリーのさまざまな研究成果から最適な処方を選び出す、という技量が求められます。アスリートの状況を間近で見て、客観的、主観的なさまざまな情報を持つスタッフと、科学的研究の情報を持つ研究者が連携することで、アスリートのパフォーマンスを向上させる取り組みが生まれているのです。
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禰屋光男(ねや・みつお) 大阪府出身。東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻博士課程修了、博士(学術)。びわこ成蹊スポーツ大学・健康トレーニング科学コース教授。日本、シンガポール、オーストラリアなどで各国アスリートへのスポーツ科学サポートを提供してきた。専門は運動生理学。
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スポーツによって未来がどう変わるのかをテーマに、びわこ成蹊スポーツ大学の教員らがリレー形式でコラムを執筆します。毎月第1金曜日予定。