今回の自民党総裁選は、昨年大敗したはずの岸田文雄が幅広い支持を集め、決選投票ではワクチン担当相の河野太郎を大差で破った。背景には、河野の政治姿勢などに疑問を抱く前首相の安倍晋三や、河野が所属する麻生派(志公会)会長の麻生太郎らが主導する水面下での激しい多数派工作があった。(敬称略)
「岸田さんはたくましくなったね」
投開票を2日後に控えた9月27日、安倍は岸田陣営の顧問を務める税調会長、甘利明と国会内で向き合い、岸田をほめちぎった。
安倍は今回、前総務相の高市早苗を勝利させるために本腰を入れた。河野陣営に加勢した細田派(清和政策研究会)の若手議員には、次期衆院選での応援の有無までちらつかせて高市の支援に切り替えるよう求めた。一時、岸田陣営が「3位になりかねない」と危機感を抱いたほどだ。
「高市首相」の誕生に尽力していた安倍が、岸田をほめたのはなぜか。
河野は総裁選の告示以降、大幅な消費税増税が必要な年金制度改革などが党内から強い批判を受けただけでなく、選択的夫婦別姓制度の導入容認や首相としての靖国神社参拝を公然と否定。安倍は周囲に「このままでは党内がリベラルだらけになってしまう」と警戒感を募らせていた。
河野の支持層をはがして決選投票まで持ち込めば、河野の首相就任だけは阻止できる-。選挙戦終盤で「反河野」を軸に連携を求めた甘利の申し出を、安倍が断るはずもなかった。
安倍が抱いた危機感は、河野が所属する麻生派会長の麻生も共有していた。
「もっと雑巾がけをさせるべきだった」
総裁選の投開票を4日後に控えた9月25日、麻生は都内の個人事務所で麻生派の若手議員を前に、河野の出馬に至る一連の流れをこう後悔してみせた。
麻生は、今回の総裁選出馬は時期尚早として河野に自重を促していた。最終的に「やるならしっかりとやれ」としぶしぶ容認したが、総裁選での立ち居振る舞いに議員の支持が少しずつ離れ、党員票も思うように伸びない。この現状に、「懸念は正しかった」との思いを強くしたようだ。麻生の意をくみ取った麻生派の閣僚経験者は、河野陣営に加わる同派の若手議員に、決選投票では河野から離れるよう強く促した。