【ソウル=桜井紀雄】短距離ミサイルを28日に発射した北朝鮮は最近、ミサイル発射を繰り返す一方で、米韓に向けて対話の可能性を示唆する〝ツートラック戦略〟に出ている。韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権に対しては南北対話の前提として米国との合同軍事演習中止と北朝鮮の兵器開発を容認するよう迫っており、米韓の分断を狙う思惑もありそうだ。
「米政府が平和と和解を望むなら敵視政策を放棄する第一歩として、朝鮮半島周辺での合同軍事演習と戦略兵器投入を永久に中止することから始めるべきだ」
北朝鮮の金星(キム・ソン)国連大使は国連総会でミサイル発射直後に行った演説で、米側に単刀直入にこう要求した。北朝鮮に非核化協議の再開を呼び掛けてきたバイデン米政権に対し、敵意がないというなら「実践と行動で示すべきだ」と強調。北朝鮮への「二重基準を撤回する勇断を下せば、(協議に)快く応じる準備ができている」とも語った。
北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党総書記の妹、金与正(キム・ヨジョン)党副部長は24、25日と連日、文政権に南北首脳会談に向けた協議を含む対話再開を示唆する談話を発表し、この際に前提として韓国に求めたのも米韓演習などの敵視政策と二重基準の撤回だった。韓国のミサイル実験を「美化」しながら北朝鮮の「自衛権」である兵器実験を「挑発」と非難する「二重基準」を改めよとの要求だ。対話したければ、相次ぐミサイル発射を正当な行為と認めよと〝踏み絵〟を突きつけた形だ。
短距離ミサイル実験を問題視しなかったトランプ前米大統領と異なり、バイデン政権の高官は北朝鮮の最近のミサイル発射を「国際社会への脅威」とみなしている。米韓同盟の強化を目指すバイデン政権に米韓演習の中止に応じる気配はない。文大統領の任期が来年5月までに迫り、南北対話の再開に焦る韓国を先に取り込み、米韓の離間を誘う戦略に出たとみられる。
金星氏は韓国に向け、「(南北の)和合より(米韓)同盟協力を優先する間違った振る舞いをみせている」と批判し、揺さぶりをかけた。このタイミングでのミサイル発射からは文政権が米朝のどちらに傾くかを探る意図も読み取れる。
韓国政府は28日に国家安全保障会議(NSC)を開き、今回の発射に遺憾の意を表明したが、「挑発」などと非難するのを抑えた。北朝鮮の揺さぶりは一定の効果が出ているようだ。