「絶景の車窓」あと40年で見納め 世界遺産横切る近鉄奈良線移設へ

世界遺産の平城宮跡を横切る近鉄奈良線の電車
世界遺産の平城宮跡を横切る近鉄奈良線の電車

「絶景の車窓」が、あと40年で見納めに―。世界遺産「平城宮跡」(奈良市)を横切る近鉄奈良線が、景観保全と周辺の交通渋滞緩和のため、宮跡外に移設される。奈良県と奈良市、近畿日本鉄道が今年3月、正式に合意。年内にも国を交えた話し合いが始まる。40年かけての実現を目指すが、用地買収や遺跡発掘調査など大規模工事に向け、クリアすべき課題は多い。

車窓から世界遺産

「まもなくこの電車は平城宮跡を通過します。右側には朱雀門、左側には大極殿がごらんいただけます」

近鉄奈良線の大和西大寺駅から近鉄奈良駅に向かって電車が走り出してまもなく、こんなアナウンスが聞こえる。近鉄によると、土日祝に不定期で流しているといい、「奈良時代を身近に感じる平城宮跡にぜひお出かけください」と呼びかけている。

兵庫県西宮市から訪れた会社員の男性(50)は「車窓から平城宮跡の朱雀門を見て、奈良に来たんだなと実感した」と笑顔で話した。

近鉄の前身の大阪電気軌道が奈良線を開業したのは大正3年。当時、平城宮跡が広いことは認識されていたが全容は把握されておらず、線路を敷設したエリアは農地だった。

その後、昭和27年に特別史跡に指定。平成10年には世界遺産に登録され、景観面から宮跡を横切る線路が問題視されるように。20年には国営公園として整備されることが決まり、県は移設の検討を開始したが、近鉄側は消極的で協議は膠着(こうちゃく)状態だった。

議論加速のきっかけ

事態が急展開をみせたのは「開かずの踏切」の解消を迫られたことだ。平城宮跡最寄りの近鉄大和西大寺駅周辺にある8カ所の踏切は、1時間のうち断続的に最大約50分間も遮断され、日常的に交通渋滞を引き起こしている。

国土交通省は平成29、30年に改良が必要な踏切として8カ所の踏切を指定。これを受け県と奈良市、近鉄が協議を進め、線路移設を盛り込んだ改良計画を今年3月、国に提出した。

計画は、大和西大寺駅を高架化した上で、平城宮跡を横切る線路を宮跡外の南側に移し、一部を地下化することで8カ所の踏切をすべてなくすという内容。総事業費約2千億円の大規模工事で、令和42(2060)年度の完了を目指す。

ただ、詳細な事業費の負担割合など実現に向けて詰めるべき点は山積しており、用地買収の進捗(しんちょく)次第では完成はずれ込む可能性もある。さらに、平城宮跡付近からはこれまでに多くの奈良時代の木簡が出土。新ルート上での遺跡発掘調査に時間がかかることも考えられ、道のりは平坦(へいたん)ではない。

「実感ない」の声も

移設をめぐりインターネット上には「渋滞解消につながる」と期待する声がある半面、「税金の無駄づかい」「頓挫するのでは」といった意見も。

一方、鉄道ファンの間では車窓から間近に平城宮跡が見えなくなることに加え、大和西大寺駅の高架化を惜しむ声が上がる。鉄道ファンでつくる「鉄道友の会」の理事を務める加藤幸弘さん(67)によると、南北の京都・橿原線と東西の奈良線が交わる同駅は複雑に平面交差する線路が人気で、全国からファンが訪れるほどだという。

加藤さんは移設について「40年先なので、実感がわかないという人が多い」としつつも、「約50年前に近鉄奈良駅が地上から地下に移される工事のとき、たくさんの鉄道ファンが見学に行った。今回も工事が始まれば、線路や駅を見に行く人が増えるのでは」と推測する。

平城宮跡を半世紀以上にわたって写真に収めてきた奈良市の岡田庄三さん(85)は「宮跡の中を電車が通るのが日常の風景だった。当たり前の風景がなくなるのはさびしい」と話した。(桑島浩任)

平城宮跡を横断する近鉄奈良線の線路
平城宮跡を横断する近鉄奈良線の線路