体内で「溶けて消えるペースメーカー」が、医療機器の常識を覆す

心臓手術後にペースメーカーを一時的に必要とする患者のために、装着して一定期間が過ぎると溶けて“消える”ペースメーカーが開発された。生体適合性のある電気部品を用いており、すべてが体内に吸収されるというこのペースメーカー。医療機器の常識を覆す技術は、いかに生み出されたのか。

TEXT BY MAX G. LEVYTRANSLATION BY MITSUKO SAEKI

WIRED(US)

心臓──。自然な律動の模範とも呼ぶべきこの臓器は、ときに拍動を続けるための助けを必要とする。

そのために用いられる恒久的ペースメーカーは、筋肉を収縮させる電気刺激を心臓に伝えて鼓動を整えるもので、慢性的な不整脈の治療に用いられる。これに対して一時的ペースメーカーは、心臓の切開手術後に見られる一過性の機能不全を補う働きをする。医師が皮膚を通して心臓にリード線を引き、電極を心臓内に挿入すると、まるで侵入物を飲み込む流砂のように筋肉の組織が電極を包み込む。

だが、一時的な対策として装着されたペースメーカーは、いずれ取り外さなければならない。そこに厄介な問題がある。リード線を外す際に、取り返しのつかない傷を心臓に残してしまうかもしれないのだ。除去手術が出血や感染症を招く恐れもある。

「縫合によって心臓の表面にリード線を取り付ける以上、リスクは常に存在します」と、心臓専門医でノースウェスタン大学の研究員でもあるリシ・アローラは言う。

この問題を解決すべくアローラの研究チームは、学術誌『Nature Biotechnology』に掲載された2021年6月の論文で、役目を終えたあとに溶けて消える「時限的」ペースメーカーの開発を初めて発表した。

重さが10セント銅貨の10分の1ほどしかないこの装置は、小さな金属製のコイルアンテナを介して無線で電力を受け取り、さらに小さな電極へと振動を送って心臓の動きを助ける。その後、装置は姿を消す作業に移る。電気部品はすべて生体適合性を備えており、3カ月以内に患者の体内に吸収されてしまう。

「これは画期的な技術です」と、インディアナ大学心臓血管学研究所所長で心臓専門医のスバ・ラーマンは言う。彼女はノースウェスタン大学の研究には参加していない。ラーマンによると、ペースメーカーの除去手術によって感染症が発生するケースは珍しくない。特に心臓病を併発しがちな糖尿病患者に多く見られるという。

さらに、心臓にリード線の一部が残っていると、脳卒中の診断に不可欠なツールである磁気共鳴画像法(MRI)が使えなくなることがある。一時使用型のデバイスが使えれば、そうした事態を避けることができるはずだ。

“消える”素材の発見

ペースメーカーが“消える”仕掛けの種は、化学作用にある。以前から知られていることだが、ポリマーや鉄、マグネシウム、タングステンといった一部の金属は、無害なまま自然に人体に吸収される。しかし、医療用電子機器をつくるには、金属やプラスティックのほかにプログラム化されたデータの出入力を正しく管理する半導体が必要だ。

ノースウェスタン大学の生物医学エンジニアで、このプロジェクトのリーダーのひとりでもあるジョン・ロジャーズは、研究の行き詰まりを感じていたころを振り返る。「半導体の代わりに何を使えばいいのだろうか」と、ロジャーズは考え続けたという。「まったく答えが出ませんでした」

突破口が見えたのは2012年のことだった。シリコンに生体吸収性があることがわかったのだ。「極薄のシリコンをいじっていると、面白いことに気づくはずです」と、ロジャーズは言う。彼の研究室では、シリコンを加工することで、大半の電子機器に使われているシリコン製チップよりはるかに薄いワイヤーやシート、リボンなどをつくっていた。

「ポスドクの研究員のひとりが、それらのシリコン部品を何日か水に浸しておくと、やがて姿が見えなくなることに気づいたのです」とロジャーズは語る。「何か面白いことが起きているのかもしれないと感じた瞬間でした」

水に浸かったシリコンは、肌の古い角質のようにナノメートル単位で分子が剥がれ落ち、やがて消えてしまう。「シリコンはあらゆる家電機器の基盤を支える主力素材です。そのシリコンを活用できるとなれば、可能性は大きく広がります」と、ロジャーズは言う。