深層リポート

千葉発 一宮町のサーフィン競技会場 五輪レガシー活用を模索

東京五輪で、五輪史上初めて実施されたサーフィン競技。その会場となったのは、人口約1万2千人の千葉県一宮町だった。国内外から観戦客らが集まり、町活性化の起爆剤になるという期待があったが、新型コロナウイルス禍で無観客開催となり、もくろみは外れた。それでもこの画期的な出来事のレガシー(遺産)をつくり、町の発展につなげたいという思いは強く、模索が続いている。

「限りなくゼロ」

7月25日から同町の釣ケ崎海岸で始まったサーフィン競技は、台風8号接近の影響で、男女の決勝などが1日前倒しとなり、3日間の日程で行われた。日本代表は男女ともにメダルを獲得、同町出身で招致活動にも携わった大原洋人選手(24)も5位入賞を果たし、会場周辺の海岸やインターネット中継で観戦した人々にサーフィンの魅力を伝えた。

しかし、無観客での開催で、当初期待されていた外国人観戦客は訪れず、地元の子供たちに向けた学校連携観戦プログラムも中止に。馬淵昌也町長は「町民とオリンピック競技の有機的なつながりが限りなくゼロになってしまった」と肩を落とした。今後の課題は「向上した町の知名度を生かし、いかに中長期的な町民の暮らしの維持・増進につなげていくか」だという。

大会の形跡無くなる

9月半ば、会場跡地では重機による作業が行われていた。大会施設や駐車場は撤去され、五輪が行われた形跡はほとんど無くなっていた。