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キャスター、タレント ホラン千秋 『朔が満ちる』未来切りひらく再生の旅

ホラン千秋さん
ホラン千秋さん

『朔が満ちる』窪美澄著(朝日新聞出版・1870円)

本の帯に「サバイブ、したのか? 俺ら。家族という〈戦場〉から」とある。「故郷」や「家族」について話をするとき、私たちは「安息の場所」といったイメージを抱きながら言葉を発してしまいがちだ。でも、故郷や家族をめぐる暗い記憶に苦しみ続ける人も現実にいる。この小説の登場人物たちのように。そんなことを思いながら読み進め、気づけば物語に引きこまれていた。

物語の主人公「僕」こと横沢史也は東京の大学を卒業しカメラマンを目指している28歳。信頼できる先輩とともに日々建築物を撮影して回っているが、人物写真の撮影は苦手で、特定の人間と深くかかわろうとしない。じつは史也には、繰り返し悪夢のように襲ってくる故郷の青森の実家での暗い記憶がある。酒に酔っては暴れ、母や妹、自分を苦しめた父親。中学1年生のある日、史也はそんな父親を殺そうと斧(おの)で殴りかかったのだ。〝事件〟後、家族とも離れ、過去を封印しながら生き抜いてきた史也だが、親に棄てられた過去を持つ女性看護師の梓との出会いをきっかけに変わっていく。同じように過酷な子供時代をサバイブした梓の導きもあって、少しずつ心を開き、自らの過去にも正面から向き合おうとする。そんな重みのある微妙な感情が丁寧に描かれている。

人は地獄のような環境を抜け出せたと思っても、心はいつまでも過去と鎖でつながれているのかもしれない。だから、史也と梓は自分たちにとって辛い場所をあえて訪れることで、この重い鎖を外そうとする。お互いの力を借りながら。一人だけではできなかった、新しい未来を切りひらく再生の旅を描いた物語だと私は読んだ。


『旅ドロップ』江國香織著(小学館・1540円)

人気作家が書いた大小さまざまな旅にまつわる詩やエッセーを収める。旅したくてもできない日常が続く中、あらためて手に取ってみた。タイ旅行の一番の思い出を聞かれ、ゾウに乗ったことではなく、行きの飛行機から見た富士山を挙げた著者のお母さんのエピソードが面白い。軽やかな無邪気さが伝わってくる著者の書きぶりが快い。

ほらん・ちあき 昭和63年、東京都生まれ。青山学院大学英米文学科卒。TBS系報道番組「Nスタ」、NHK総合「SONGS OF TOKYO」などに出演中。