ビブリオエッセー月間賞

8月は『歴史のじかん』 

月間賞を選考する福嶋聡さんと江南亜美子さん(右から)=大阪市中央区(前川純一郎撮影)
月間賞を選考する福嶋聡さんと江南亜美子さん(右から)=大阪市中央区(前川純一郎撮影)

本にまつわるエッセーを募集し、夕刊1面とWEBサイト「産経ニュース」などで掲載している「ビブリオエッセー」。皆さんのとっておきの一冊について、思い出などとともにつづっていただき、本の魅力や読書の喜びをお伝えしています。7月の月間賞は、静岡県掛川市の「魚の骨」さん(31)の『歴史のじかん』に決まりました。ジュンク堂書店のご協力で図書カード(1万円分)を進呈し、プロの書店員と書評家による選考会の様子をご紹介します。


「読者広げてくれそう」(福嶋さん)、「本が持つ意味書かれて」(江南さん)

--8月も東京五輪のため掲載は16作でした。

江南 8月は日本にとって特別な時期だからか、やはり戦争について書かれた小説やノンフィクションを取り上げた方が多かったです。歴史と照らし、人はどう生きるべきかと考えることは大事ですしね。

福嶋 終戦から長い年月がたったせいか、全体にピントが定まっていない印象を持ちました。本のどの部分に焦点を当て、戦争にどう対峙(たいじ)しようとしているのか…。それを丁寧に説明しているエッセーは読んでいて心地よいのですが。

江南 丁寧さは、とくに歴史という大きなテーマを扱うときに気にかけてほしいポイントです。例えば『歴史のじかん』は素直でうまく書かれたエッセーですが、最後の部分「歴史を学ぶとは人々の思いを知ることだ」と言い切ってしまうと「えっ?」とひっかかる。「知ることでもある」とするのとでは、印象が変わります。それと、要約と解釈がうまいと読みやすい。『戦中派不戦日記』はフェアな要約から自分がどう読んだかがシームレスに展開され、よいエッセーです。山田風太郎の若書きの日記にどういう思想が表れているかという解釈もあって。

「 歴史のじかん」
「 歴史のじかん」

福嶋 『八月十五日に吹く風』はめりはりがあっておもしろい文章でしたね。最後に米軍諜報部の通訳官として登場する人物のモデルが、ドナルド・キーンさんだと明かして終わるところもうまかった。

江南 『舟を編む』は大きなテーマを扱わないエッセー。最初に孫に「ググったら簡単だよ」といわれるエピソードがかわいらしかったですね。

福嶋 アルファベットやカタカナ言葉の氾濫へのぐちで終わっているのがちょっと残念でした。小説が描く、辞書を作ることへの強い思いに、もっと触れてほしかった。

江南 たしかに。今月は、『砂漠の影絵』に興味をひかれました。小説という虚構作品を通し、今のアフガニスタン情勢とからめて、現実社会の問題をじっくり考えてみようとした思考の軌跡が、エッセーから見てとれます。

--小説はイラク戦争の日本人人質事件をもとにしています

江南 一般的に敵とされる側にも事情があり感情があると、小説は踏み込んで書いています。世界は必ずしも勧善懲悪ではなく、複雑です。これは普遍的な文学の役割でもあります。そこに共鳴したのかな。

福嶋 文章に躍動感があっていいなと思いましたが、イスラムの負の部分ばかりがとらえられていて、イスラムへの無理解も感じました。石井光太さんはそういう書き方をしてはいないんじゃないかな。

江南 なるほど。この判断は難しいところですが、次点にしますか。

福嶋 『歴史のじかん』は読者を広げてくれそうな本ですね。若い人が歴史に教務を持ってくれたら、うれしい。「その時代を生きた人の感情が歴史を変えてきた」という歴史観には、異論がありますが。

江南 乃木坂46のアイドルが著書の歴史の本なので、若い世代にも訴求力があるのだと、この本が持つ意味もちゃんと書かれ

ていましたしね。最初にいったように傷がないわけではないエッセーですが賛成します。

--では「歴史のじかん」に


〈作品再掲〉

時代の喜怒哀楽に寄り添う

「教科書には喜怒哀楽が載っていない。そのため、いつまでも日本史は暗記科目のまま、表面的な出来事の羅列になってしまっている」

冒頭にこう書くのは、この本の著者で乃木坂46のメンバー、山崎怜奈さん。たちまち心を奪われ、読み終えた後、この言葉が本書の特徴をずばり言い表しているなと思いました。

歴史好きの山崎さんがMCをつとめた番組「乃木坂46山崎怜奈 歴史のじかん」から厳選した内容の本編と、本編から学んだことをもとに山崎さんが書き下ろしたコラムを加え、14回分が収録されています。

わかりにくい応仁の乱の真相から「意外と知らない忠臣蔵」や大河ドラマの渋沢栄一まで、学校では習わないような史実が指南役の先生たちとの座談形式で掘り下げられます。そこから見える歴史上の人物たちは世間一般のイメージとはかけ離れ、癖が強く厄介な人たちだったりします。そんな我の強さや心の動きが歴史を動かす大きな力になったことを知りました。

なにより山崎さんの絶妙な質問や合いの手が魅力ですが、コラムでは例えば千利休の「センス」を「時代性を纏(まと)い」「語らせる『余白』を残している」と書き、鋭い指摘も光ります。さらに自分の生き方や人生に落とし込み、明智光秀を「『孤独飼い』の先輩」と書いたり、蒲生氏郷の「ずる賢さ」に自身を重ねたり。人物に寄り添い、「正義」「自己肯定感」「恋愛」など誰もが一度はぶつかり、悩む問題になぞらえて生き方のヒントを提示しています。

歴史という大きな流れの中で一人一人の存在はささやかですが、歴史を変えてきたのはその時代を生きた人々の怒りや悲しみなどの感情にほかなりません。歴史を学ぶとは人々の思いを知ることだと、山崎さんに教えられました。


〈喜びの声〉

「魚の骨」さん
「魚の骨」さん

静岡県掛川市の「魚の骨」さん(31)

大河ドラマの影響でしょうか、信じる正義がぶつかった幕末維新に私はひかれます。山崎さんの本は硬派の解説ではありませんが話を上手に引き出し、独自の視点とともに若い世代の思いにつなげてくれる歴史の見方、舞台裏の紹介です。もともと彼女のラジオ番組のファンで、聞き役に徹しながらじっくり考えて話す姿勢に共感しました。実際に会って話してみたいかと問われれば、私は遠くから応援します。聞くのは好きでも話すのは苦手なので。