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古代ロマンと被災の陰で 奥尻島(北海道奥尻町)

奥尻島を象徴する奇岩「なべつる岩」。鍋の取っ手(つる)に似ているのが名前の由来
奥尻島を象徴する奇岩「なべつる岩」。鍋の取っ手(つる)に似ているのが名前の由来

北海道の最西端に位置する奥尻(おくしり)島は、縄文初期から長い歴史を刻んできた。島名はアイヌ語の「イクシュン・シリ(向こうの島)」が由来となり、晴れた日は北海道本島から雄大な島が望める。船で向かうと、島のシンボルである〝なべつる岩〟が港近くで迎えてくれる。緑豊かな島の清涼な空気に、肩の力がふっと抜ける。

奥尻島には数多くの遺跡が点在する。島内最大級の青苗遺跡からは、縄文時代や北海道特有の文化が栄えた擦文(さつもん)時代など、各時代の遺構や遺物が発見されている。

近くの青苗砂丘遺跡では、オホーツク文化の特徴をもつ土器や北方民族由来の装身具をまとった人骨、独特の住居跡などが見つかり、島がオホーツク文化の最南端拠点であったと推測されている。

一方、本州の文化を色濃く受けた遺物も多く発見されており、奥尻町教育委員会の稲垣森太学芸員は、「奥尻島は南北の交易地や交流地として多様な文化が混ざってきた。後のアイヌ文化の成立にも影響を与えているだろう」と語る。

昭和51年に青苗遺跡で発掘された丁字頭(ちょうじがしら)勾玉は、島を代表する古代ロマンの象徴である。新潟県糸魚川(いといがわ)産の翡翠が使われた長さ5センチ、幅2センチの大きな丁字頭勾玉は、古墳時代に近畿地方で使用された遺物で、時を経て奥尻島へもたらされた可能性が高いようだ。

島の長い歴史を語る上で、現代の悲しい出来事も忘れてはならない。平成5年7月12日、奥尻島沖でマグニチュード7・8を観測した北海道南西沖地震が発生。直後に巨大な津波が島を襲い、奥尻町だけで死者と行方不明者計198人の甚大な被害をもたらした。

奥尻島の震災慰霊碑「時空翔(じくうしょう)」。地震のあった7月12日に海に向かって石の正面に立つと、くぼみの中へ沈む夕日を見ることができるという
奥尻島の震災慰霊碑「時空翔(じくうしょう)」。地震のあった7月12日に海に向かって石の正面に立つと、くぼみの中へ沈む夕日を見ることができるという

地元の建設会社は震災後、復興のために始めたブドウ栽培をきっかけに平成20年、「奥尻ワイナリー」の製造工場会社を設立した。島を襲う台風や塩害に苦心しながら、日本の離島で初めてワイナリーをつくった。

同社の菅川仁さんは「ブドウ栽培からワイン製造、販売まで全てを島でやることに価値がある」とし、ミネラル感のある〝海を感じるワイン〟を目指して試行錯誤を続けている。

古代から絶えず人の生きた足跡が残る島で、幾千の物語が島に眠っていることだろう。過去に思いをはせながら、新たな物語が紡がれている今の島をゆっくりと巡りたい。

アクセス 北海道江差町の江差港からフェリーで2時間10~20分。函館空港からの空路もある。

プロフィル 小林希 こばやし・のぞみ 昭和57年生まれ、東京都出身。元編集者。出版社を退社し、世界放浪の旅へ。帰国後に『恋する旅女、世界をゆく―29歳、会社を辞めて旅に出た』(幻冬舎文庫)で作家に転身。主に旅、島、猫をテーマにしている。これまで世界60カ国、日本の離島は100島を巡った。