【話の肖像画】台北駐日経済文化代表処代表・謝長廷(75)(22) 弁護士として…籠城の凶悪犯を説得 - 産経ニュース

メインコンテンツ

話の肖像画

台北駐日経済文化代表処代表・謝長廷(75)(22) 弁護士として…籠城の凶悪犯を説得

当時弁護士だった謝長廷代表(後段中央)の説得に応じて投降した陳進興実行犯(前段左から2人目)と妻(同右端) =1997年11月19日、台北市内
当時弁護士だった謝長廷代表(後段中央)の説得に応じて投降した陳進興実行犯(前段左から2人目)と妻(同右端) =1997年11月19日、台北市内

(21)へ戻る

《1997年11月、誘拐殺人で逃走中の男が人質3人を盾に籠城(ろうじょう)。男の妻の弁護を引き受けることになった謝長廷代表は籠城現場に呼び出された》


呼び出されたのは当時、台湾と外交関係があった南アフリカの大使館付駐在武官が家族と暮らしていた高級住宅街です。短銃を手に武官の妻と子供2人を人質にして籠城していた陳進興という男は興奮状態でした。陳は半年以上前の4月、女子高校生を誘拐して殺害し、遺体を遺棄して逃亡を続けていた凶悪犯で、自分の妻の弁護を私に依頼してきました。

とにかく人質の安全確保が急務で、現場で陳と電話で話したのち、警官隊が包囲する陳が立てこもった住宅に入りました。陳は高い場所に陣取って人質に銃を向けながら、大声で叫んでいました。覚悟を決めていた私ですが、防弾チョッキも銃もヘルメットもない丸腰です。

私の妻はあの日、テレビ中継を見て泣き続けていたそうです。現場に向かう前、「人間は何のために死ぬか。弁護士は正義のために最後まで尽くさねばならない」と話しました。「万が一のことがあったら、交通事故に遭ったと思ってくれ」と言い残して、振り切るように自宅を出たことを覚えています。


《なぜそこまでしたのか》


陳の投降を説得できるのは、弁護を求めてきた弁護士の私しかいない、と思ったからです。陳はスーツ姿で丸腰の私に驚いたようすでしたが、台湾語で話すうちに私を信用してくれるようになりました。そして今度は懇願するように、自分の妻の弁護を依頼し始めたのです。

陳は「自分や仲間が起こした誘拐殺人で、自分の妻が捜査当局に共犯の疑いで拘束され、拷問されて自白を強要されたのは絶対に許せない。裁判になったら妻を弁護して無罪にしてくれ」というのです。卑劣な犯罪を起こした陳にも家族への愛がありました。警察の手配で説得に連れ出された陳の妻が連れていた小さな男の子の姿を思い出し、陳をこう説得しました。

誘拐殺人を起こしたあなたは間違いなく死刑になる。だが籠城した上、さらに人質を殺傷したり、警察官を死なせたりしたら、あなただけでなく、かわいい子供も、あなたが弁護を依頼する妻も生涯、さまざまな困難に陥ってもっと苦しむぞ、と。

そして「あなたの妻の弁護は確かに引き受ける。だから投降してくれ」と話したのです。


《陳と妻はどうなった》


私の話を聞いた陳は子供2人を解放しました。私は外に出てメディアの記者向けに状況を説明し、再び中に戻りました。すると陳は妻と最後の別れに15分だけほしいと言い、最後に私に「ありがとう」と言って投降しました。こうして籠城事件は約24時間ぶりに解決したのです。私が弁護を引き受けた陳の妻は、逃亡幇助(ほうじょ)の罪には問われましたが、共犯ではないとして懲役9月の判決を受けました。

一方で、殺人犯の妻を弁護したとして、私を非難する声も上がりました。そのころは98年12月の高雄市長選の期間と重なり、候補者の私は苦しい立場でした。陳の妻を弁護しても報酬はありません。被害者の母親の心情も痛いほどわかる。しかし陳との約束も果たさねばなりませんでした。ただ高雄市の有権者は弁護士としての私の仕事に理解を示してくれ、国民党の候補者を抑えて高雄市長に当選することができたのです。

事件に遭った武官一家は無事に南アに帰国し、感謝の手紙を送ってくれました。高雄市長選の集会でこの手紙を読み上げてくれたオーストリア人は今、同国の大使館員として東京に赴任しており、懇意にしています。不思議なご縁です。(聞き手 河崎真澄)

(23)へ進む