通崎好みつれづれ

京の和装小物 円熟の技

笑顔で作業に当たる通崎睦美さんの父、弘さん(右)と「丸太遠藤」の3代目、遠藤豊延さん=京都市下京区(渡辺恭晃撮影)
笑顔で作業に当たる通崎睦美さんの父、弘さん(右)と「丸太遠藤」の3代目、遠藤豊延さん=京都市下京区(渡辺恭晃撮影)

昭和8年生まれの父が、先月88歳の誕生日を迎えた。2年前にはうっ血性心不全、続いて大動脈解離で救急搬送されたが、一命を取り留め、今にいたっている。

中学校卒業以来、風呂敷縫製職人の道一筋。往年のように、部屋中に商品が山積みになっていることはないが、廃業宣言せずにいると、今でもぽつぽつと仕事を持ってきてくださる方がある。

そんな一人が、丸太遠藤株式会社(京都市中京区)の3代目・遠藤豊延さん(45)だ。丸太遠藤は、昭和16年創業。着物、帯、帯揚げ、風呂敷など、絞り染めの技術を使った和装品のメーカー。祖父母の家である江戸時代の画家・尾形光琳が暮らしていた中京の町家を社屋とする。

京都の伝統産業は、完全に分業化されており、絞り製品であれば、遠藤さんのようなプロデューサー的な立場の人の元に、約10の工程の職人がそれぞれの持ち場で仕事をすることになる。わが家は、風呂敷製作の工程の一つ「縫製」を担う。京都市内で、布の端を三つ折りにしながら、その上を縫い止める「三ツ巻縫製」をする職人が数少なくなったそうで、まだ父の技術を頼りにしてくださる。ありがたいことだ。

「三ツ巻縫製」の作業をする通崎弘さんの手元(渡辺恭晃撮影)
「三ツ巻縫製」の作業をする通崎弘さんの手元(渡辺恭晃撮影)
絞り染めの魅力を語る「丸太遠藤」の3代目、遠藤豊延さん(渡辺恭晃撮影)
絞り染めの魅力を語る「丸太遠藤」の3代目、遠藤豊延さん(渡辺恭晃撮影)

さて、豊延さん。私より年下だが、京都で生まれ育った私が聞いても、はっとするような「京ことば」を話される。尋ねてみると、豊延さんは「ああ、これは、祇園のゑり萬さんに出入りさせてもろてるんで、その影響かも」と笑う。ゑり萬は、創業江戸末期の老舗呉服店。舞妓、芸妓さん御用達の店としても知られ、京都らしいはんなりとした品物が魅力だ。

色とりどりな「ゑり萬」の風呂敷(渡辺恭晃撮影)
色とりどりな「ゑり萬」の風呂敷(渡辺恭晃撮影)

京都の和装品は通常、どこのメーカーで、どんな職人が製作しているかということは表に出ない。逆に言えば、うちで加工したものがどこで販売されているのか、わからない。どんな店で販売されても店の看板を汚すことのない仕事をする、というのが職人の矜持(きょうじ)だろう。とはいえ、父の縫った風呂敷が、京都の老舗で扱われ、舞妓さんも手にされているかと思うと、華やいだ気分になり、うれしい。(通崎睦美 木琴奏者)

つうざき・むつみ 昭和42年、京都市生まれ。京都市立芸術大学大学院修了。マリンバとさまざまな楽器、オーケストラとの共演など多様な形態で演奏活動を行う一方、米国でも活躍した木琴奏者、平岡養一との縁をきっかけに木琴の復権に力を注いでいる。執筆活動も手掛け、『木琴デイズ 平岡養一「天衣無縫の音楽人生」』で第36回サントリー学芸賞(社会・風俗部門)と第24回吉田秀和賞をダブル受賞。アンティーク着物コレクターとしても知られる。

通崎睦美さん(中川忠明さん撮影)
通崎睦美さん(中川忠明さん撮影)