阿部 国家公務員の数は平時から足りないので、そこに有事が重なれば破綻するのは当然だと思います。それは他国でも他の組織、国際機関でも同じ。平時の人員では足りなくなるので、臨時スタッフを雇って対処能力を上げるシステムを有しているかが重要です。外部の人を短期雇用、任期付き雇用で一気に雇い、専門能力の生かせる部門に貼り付ける。平時は本業を持っている人たちですから、有事に来てもらうには相応の金額を払う必要があるでしょう。政府は、金銭的な枠組みもそうだし、定員などの人員でも、危機に対応できる枠組みを考えておくのが望ましいと思います。
國井 おっしゃる通りです。東日本大震災のとき、避難者一人当たりの食事にかけられる公的予算が1日あたり800円ちょっとと少なくて、弁当を確保するのに現地で保健師さんと頭を抱えたのを覚えています。金、人、物、情報の緊急時の準備を平時からしておかないと駄目ですね。今回のコロナ禍では一番上の「大戦略」レベルの官邸や主要政治家たちから、厚労省や各都道府県、現場の保健所や医療機関に至るまで、危機対応能力がどうだったのか検証が必要ですね。第5波はかなり大きかったようですが、想定すべきは最悪のシナリオ。今回なら、欧米レベルの感染爆発があった場合、都道府県や保健所がどう対応していくかを考えておかないといけません。
そのためには、平時に実践的な訓練、シミュレーションをしておくことが必要です。自衛隊病院は院内感染をほとんど起こさなかったそうですが、彼らは体が覚えるくらい、日ごろから基本的な訓練をしていると言います。その積み重ねで危機管理ができるんだと思います。マニュアルを読むだけでは絶対に無理です。
阿部 武術と同じで、型がちゃんとできてないと、組手もうまくいかないと思うんです。何も考えなくても体が動くよう訓練しておくことは大事です。自衛隊と文官の危機管理で決定的に異なるのは、自衛隊には事態対処を行う人員が平時からちゃんと別にいて、訓練も本業の一部になっているということです。でも、文官の危機管理組織は、平時には政策や行政サービスをしている人が危機対応をやらないといけない。二重の業務が発生するんです。だからといって全員に訓練をほどこすのは現実的に難しいですし、危機管理に精通した人を文官の危機管理を行うために育成するのが現実的だと思います。自衛隊には、職業人生の中で知識と経験をアップデートしていく教育課程があります。文官でも、危機が起きたときに指揮官や参謀になれる人を訓練することが大事なのではないでしょうか。いわゆる専門家と呼ばれる政府外部の民間人に対しても、危機時に一定の役割を担う場合には、事前に危機管理の教育を行う必要があろうと思います。
現場と国で知識の共有を
國井 日本の感染症の危機管理能力を上げるために、改善すべき点は他にありますか?
阿部 危機時の組織をどう構成するか、人をどのように教育するか、プログラムをいちから組まないといけないと思います。政府においては、危機が発生した際にすぐに危機時の組織に組み換えられる平時の組織を作っておかないといけないですし、人の教育プログラムも必要です。自治体や前線機関も、危機時に政府の方向性に従えるように、ある程度の知識レベル、技術レベルを共有しておく必要があります。例えば現場の医師は、政府がどのように考えて国家的なオペレーションをしているのか、危機管理の思想を学ぶ必要がありますし、政府の中にいる人は、現場の患者の様子に思い至る経験や教育が必要だと思います。
國井 今回のWHOの危機管理をみていて、日本の参考になるようなことはありましたか?
阿部 2つあります。1つは、組織の考え方がロジカルであること。危機が起きたとき、すぐインシデント・コマンド・システムを立ち上げるんですね。日本でいうところの「〇〇対策本部」です。WHOの会見にはコロナウイルス専門の微生物学者が出席していましたが、彼女は平時の組織でのポジションはそんなに高くないんです。ただ、コロナウイルスに精通した人間ということで抜擢(ばってき)されて、平時の組織の上司を飛び越えて組織を統率した。危機時の組織には、能力に見合った者を、その危機に対処するため抜擢する必要があるということで、平時の組織で上にいる人を当て職で置くことはしませんでした。そこは非常にロジカルで良かったです。
2つめは、リスクコミュニケーションです。コロナの危機に際し、WHOはまずリスクコミュニケーションを専門とするコンサルタントを大量に雇いました。いずれもメディアをバックグラウンドとする人たちで、過去にアフガンやイラクなどで現地のオペレーションにかかわった経験があるなど、危機管理に関する一定の知見を持つ人が多かったように思います。
当初この選択は、実際に事態対処に当たっている人たちから非常に不評でした。リスクコミュニケーションは、直接的なオペレーションではないからです。でも、結果的にこれは英断でした。直接オペレーションをしないといっても、どこかでハレーションが起こると、オペレーションをしている人間がリスクコミュニケーションの対応に取られ、結果としてオペレーションに負荷がかかってしまう。初めにそこに手を打ち、自分たちが事態対処行動をしやすい環境を作ったことは、非常に良かったと思います。
日本では、政府や自治体にリスクコミュニケーションを専門とする人がいないと思うので、危機時にはそうした専門家を雇うことも大事だと思います。
國井 日本は全体的に、コミュニケーションが弱いように見えます。ご指摘の通り、そこは改善の余地があると思います。
=(下)に続く