正論10月号

横暴国家・中国 地方の廃校を狙う中国エリート学校 産経新聞論説副委員長・佐々木類

中国共産党創建100年を記念する祝賀大会を前に行進する人民解放軍=7月1日朝、北京の天安門前(共同)
中国共産党創建100年を記念する祝賀大会を前に行進する人民解放軍=7月1日朝、北京の天安門前(共同)

※この記事は、月刊「正論10月号」から転載しました。ご購入はこちらをクリック

クマゼミがジョワジョワと鳴いて夏の暑さを引き立てる中、白い三階建ての校舎が二棟、里山にひっそりとたたずんでいた。令和二年三月末に閉校した東かがわ市立福栄小学校跡地である。

今もなお、「活力あふれる福栄小っ子」という大文字が校舎正面に貼られている。耳を澄ますと昼休みに校庭で遊ぶ子供たちの歓声が聞こえてきそうでもある。

今年七月下旬、東かがわ市を訪れた。香川県東部に位置し、瀬戸内海に面した市中心部から車で約十分ほど南に行ったところに旧福栄小はあった。この廃校が中国との交流をめぐり、街全体を揺るがす舞台として登場するのだが、まずは東かがわ市とはどんな街なのかをみてみたい。

東かがわ市は人口約三万二千と市としては小規模で、海と山に囲まれた自然豊かな地方都市である。手袋産業は国内最大の産地で百三十年の歴史を誇る。革やニットから最先端の高機能繊維まで、繊細で卓越した職人技による縫製技術でスポーツや消防などの機能的なものから、手軽で低価格なものまでさまざまな手袋を作っている(日本手袋工業組合のホームページより)。

現在、国内企業が製造する手袋の約九〇%は、東かがわ市を中心とした香川県内の企業が手がけている。最近では、東京五輪で金メダルをとったフェンシング男子エペ団体の選手らが使用していたグローブが東かがわ市製の手作りのものだった。

そんな街の郊外にある旧福栄小には明治二十五(一八九二)年の開校以来、手袋産業や農業に従事する家庭の児童が通ってきた。だが、多くの過疎地がそうであるように、住民の流出で児童は減り続け、卒業生らに惜しまれながら昨年三月末、百二十八年の歴史に幕を降ろした。

一見、何の変哲もない地方の廃校だが、昨年春、校舎の跡地利用をめぐり、にわかに脚光を浴びることになった。

国際交流の一環として、中国共産党の強い影響下にある北京市内のエリート校が、東かがわ市に日本進出のための拠点づくりを進めているという話が浮上したのだ。地元住民のほとんどにとって寝耳に水の話だった。自由や民主主義といった普遍的な価値観を共有する欧米や東南アジア諸国などの国の話ではない。よりにもよって、ウイグル人や香港などを弾圧し、国際社会から批判や制裁を受けている中国共産党幹部の子弟らが通うエリート学校の子供らがやって来るというのだから、いくらのどかな里山の住民でも驚くのも無理もない。

喜んで迎え入れる自治体

激震が走ったのは、騒動が勃発する数カ月前の令和元(二〇一九)年十二月のこと。東かがわ市議会定例会の一般質問で、幸福実現党の宮脇美智子市議がこの問題を取り上げたことで、中国エリート校による拠点化計画が住民らの知るところとなった。

宮脇市議は同年四月に市議に初当選した。当選後、一部の住民を除いて多くの市民に実情が知らされないまま、旧福栄小が交流相手の中国の学校に宿泊施設として無償で貸し出されようとしていたことを知って愕然とする。実現すれば、旧福栄小を拠点とした中国の「前進基地」が誕生することになりかねない。それは学校を隠れみのにした中国共産党の橋頭堡づくりとみられる。この表現が大げさでないことは、中国側の発言を紹介した後段まで読んでいただければ、納得してもらえると思う。

中国側にとって拠点化の狙いは、移住する際の受け皿となる中国人コミュニティーづくりにあるとみられる。里山での実習や海辺でのヨット訓練を通じて居住空間を確保し、そのエリアを広げていく―。その手法は中国新疆ウイグル自治区の変遷をみるまでもない歴史の事実である。

埼玉県川口市の芝園団地や千葉市美浜区の公営住宅など、中国人ら外国人の居住者が日本人の数を上回るところも出ている。それはそれで問題をはらむのだが、人口の多い首都圏ではそうした移民を吸収するだけの物理的な余地があるが、過疎の町となると話は別である。

瀬戸内海に面した東かがわ市という一地方の出来事をわざわざここで取り上げるのは、日本が抱えている現在進行形の問題そのものだからである。過疎地をはじめ全国で似たような環境にある自治体で起こり得ることなのだ。否、表面化していないだけで、すでに着々と進められているかもしれない動きを象徴する話でもある。

問題の根が深いのは、受け入れる日本側が相手の真意を深く探ろうともせず、無邪気にも中国共産党の別動隊ともいえる組織を喜んで手招きしていることにある。

海外狙う現代版「紅衛兵」

問題の学校は、中国北京市にある北京市海淀外国語実験学校(海淀学校)だ。一九九九年に北京市海淀区人民政府の承認を受けて設立された全寮制の幼稚園、小学校、中学校、高校の一貫校である。東京ドーム六個分に相当する二十八万平方メートルの広い敷地に校舎、寄宿舎、スポーツ施設、動物園を併設する。