富士登山が教えてくれる教訓 登山家、田部井淳子の思いを継ぐ長男、進也さん - 産経ニュース

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富士登山が教えてくれる教訓 登山家、田部井淳子の思いを継ぐ長男、進也さん

令和元年11月、日和田山の登山口近くに完成した田部井淳子さんの記念碑=日高市高麗本郷
令和元年11月、日和田山の登山口近くに完成した田部井淳子さんの記念碑=日高市高麗本郷

女性として初めて世界最高峰のエベレスト登頂に成功した登山家、田部井淳子さん(享年77)が死去して来月20日で没後5年を迎える。生涯、山で生きた女性登山家の思いは世代を超えて継承されている。

晩年、がんを患った田部井さんがリハビリを兼ねて登った日和田山(日高市、標高305メートル)。2年前の秋、登山口近くに完成した記念碑には「日和田山からエベレストまで」と刻まれている。そのメッセージは「山に近道はない」「百名山だけが山ではない」とする世界的登山家の信条そのものだ。

2年目に入った新型コロナウイルス禍でも奥武蔵の低山を訪れるハイカーは多く、毎月20日の月命日には有志らによって慰霊登山が行われてきたという。

一方、福島県三春町出身の田部井さんは10年前の福島第1原発事故以来、故郷の人たちのことを案じ、登山を通じて被災者らを励ます計画を立ち上げた。「東北の高校生の富士登山」プロジェクトは、長男の進也さん(43)に引き継がれ、被災3県の高校生らに富士登山の魅力を根気よく伝えてきた。

「無鉄砲な一方、推進力のある母親でした。最初は福島の裏磐梯辺りを歩くだけでしたが、どうせやるなら日本一の富士山に登ろうと計画が膨らんだ。富士山から勇気と希望をもらって、学校では学べないことを体感してほしい。その思いは当時から変わりません」

自身も被災者の進也さんによると、震災によって生きる希望を失い、明日の予定すらも立たない者も多く、時間を埋めるリフレッシュが必要だったという。

富士登山は震災翌年から始まり、これまでに693人の高校生が登頂。日々、目標の1千人を目指してプロジェクトを進めている。「自然と触れる楽しさやアウトドアの醍醐味を若い世代に伝えていきたい。山と川はお金を積んでも作れない」。失敗を恐れず、目標に向かう突破力は母親譲りなのだろう。