世界の紛争地域で支援活動に携わり、現在はスイス・ジュネーブにある「世界エイズ・結核・マラリア対策基金(通称・グローバルファンド、GF)」の戦略・投資・効果局長を務める医師の國井修氏。「No One Left Behind(誰も置き去りにしない)」を人生のテーマに掲げる國井氏が誰も置き去りにしない社会を目指すヒントを探る9回目の対談が、厚生労働省を経てWHO(世界保健機関)で健康危機管理官を務めた阿部圭史氏をゲストに行われた。新型コロナウイルスという世界的危機に「安全保障」や「危機管理」という観点から何が必要なのか、国内外から見えた日本の課題などについて話し合った(対談はオンラインで8月24日に実施)。
専門家は「危機管理の経験なし」
國井 このたび、阿部くんが「感染症の国家戦略~日本の安全保障と危機管理」(東洋経済新報社)という素晴らしい本を書かれたので、その紹介もかねて対談したいと思います。私も自然災害から環境災害、紛争、テロ事件、エボラ熱や今回のCOVID-19(新型コロナ)などのパンデミックにかかわって自分なりに危機管理を学び経験してきましたが、理論だけでなく、実践を含む危機管理の教本が日本にあるとよいと思っていました。それを阿部くんが書いてくれた、また阿部くんにしか書けない本だと思って、本当にうれしかった。まずはなぜ書こうと思ったのか、教えてください。
阿部 新型コロナの流行初期である2020年2月、ダイヤモンド・プリンセス号での感染拡大などいろいろなことが起き、厚生労働省の中でもいろいろな対策本部やチームが立ち上がりました。私は当時、WHOにいましたが、厚労省や他省庁から「感染症の危機管理をやったことがないがどうしたらいいか」といった相談を受けました。対策本部や専門家会議には研究者や学者が「専門家」として入っていますが、危機管理の経験がないのでガバナンスが効かず、混乱を呼びがちだという相談も受けました。感染症の臨床や研究をしてきた人はいますが、危機管理は政府がやるものですから、感染症の危機管理を知っている人がいないのだろうと思い、解説書的なものを書こうと思ったんです。
國井 感染症の危機管理ということであれば他にも書ける人はいるでしょうが、阿部くんの場合、安全保障という切り口で、さらにグローバルガバナンスや国際連携、外交なども含めて書き進めている。危機管理の用語もしっかりと定義してるし、深堀りして歴史的背景を説明したり、軍事と比較しながら書いていることで深みと広がりが出ていると思いました。なぜ安全保障に関心を持ったんですか?