鑑賞眼

歌舞伎座「九月大歌舞伎」 四谷怪談の決定版

日本一有名な怪談「東海道四谷怪談」は多くの役者が演じ、アレンジも多様だ。様々な同作を見たが、今月の歌舞伎座「九月大歌舞伎」の第3部、片岡仁左衛門と坂東玉三郎が主演する舞台を見て、「これが四谷怪談か」と目の覚める思いがした。仁左衛門の色悪(二枚目の敵役)の魅力、哀れそのものの玉三郎の至芸。何としても見てほしい。

鶴屋南北作品で定評ある2人の主演で上演する、38年ぶりの「四谷怪談」。コロナ禍の時間短縮で今回は、「伊右衛門浪宅」から「砂村隠亡堀(おんぼうぼり)」までの上演だ。忠臣蔵外伝でもある同作で、塩冶(浅野)家浪人である民谷伊右衛門(仁左衛門)が、貧乏暮らしと妻のお岩(玉三郎)を棄て、裕福な伊藤家に婿入りするため、次々と悪事を働く過程をクローズアップする。

伊右衛門は、産後の肥立ちの悪いお岩と赤ん坊を邪魔者扱いし、離縁するため按摩の宅悦(片岡松之助)に妻への不義まで持ちかける。とんでもなく自己中心的な男なのだが、この仁左衛門演じる伊右衛門の格好良さときたら、並ぶ役者が思い浮かばないほどだ。幕開け、糊口をしのぐ唐傘張りの姿からして、二枚目のわびしさが色気となって、なるほど伊藤家の孫娘お梅(片岡千之助)にほれられ、婿入りを所望されるのも当然と思わせる。

さらに伊藤家からもたらされた毒薬で、顏が崩れたお岩に暴力を振るい、その後、憤死したお岩の霊にたたられ、新妻のお梅と伊藤家主人の喜兵衛を殺害する。そんな非道の数々すら、姿のいい仁左衛門に凄みと悪の魅力を加え、悪事の度、客席から拍手がわき起こるほどだ。

一方、玉三郎は哀れさが際立つお岩。「四谷怪談」はともすれば面体の崩れたお岩の行為が漫画的に見え、笑いが起きる場合もある。しかし玉三郎のお岩は、伊藤家からもたらされた毒薬をそうとは知らず、手を合わせ感謝しながら、最後の一粒まで白湯に溶かして飲み、体調に変化が現れる様子をていねいに演じる。苦悶(くもん)し、声をあげ、よろめく姿が哀しい。

さらに宅悦から真相を聞かされ、お岩が伊藤家に乗り込もうとする「髪梳き」と呼ばれる山場は、怖いというより痛切である。お岩は鏡を見せられて嘆き悲しみ、しかし武家の女房の誇りを保って身なりを整える。髪をとかすとバッサリ抜け、さらに鉄漿(お歯黒)をつけると暗闇の中で、お岩の姿は恐ろしさを増す。そして宅悦ともみ合ううち、柱に刺さっていた脇差にぶつかる形で死ぬ。無残な死に方をしなければならないお岩の無念さが、手に取るように分かるドラマを、玉三郎はたっぷりと見せた。宅悦役の松之助も好演。

コロナ禍の上演時間制限もあって、休憩を挟んで主な出演者が勢ぞろいする「砂村隠亡堀」で幕が閉じるのはやむを得ない。だが尻切れトンボの印象がぬぐえないのも事実で、せっかくの歴史的舞台なのだから、今年4、6月の歌舞伎座「桜姫東文章」のように2カ月に分け、上下で上演してもよかったのではないか。仁左衛門と玉三郎の集大成というべき南北の舞台を、ファンは待ち望んでいる。

第1部は六世中村歌右衛門二十年祭、七世中村芝翫十年祭と銘打ち、2人に縁の深い「お江戸みやげ」「須磨の写絵」。第2部は「近江源氏先陣館」「女伊達」。

9月27日まで、東京・東銀座の歌舞伎座。0570・000・489。(飯塚友子)

公演評「鑑賞眼」は毎週木曜日正午にアップします。