【中台両岸特派員】真冬に「迎春」のふしぎ 台湾・香港に息づく農暦 もうすぐ「中秋の名月」 - 産経ニュース

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中台両岸特派員

真冬に「迎春」のふしぎ 台湾・香港に息づく農暦 もうすぐ「中秋の名月」

8月27日、台湾北西部の桃園市で、道路沿いに置かれた「鬼月」の供物(ロイター)
8月27日、台湾北西部の桃園市で、道路沿いに置かれた「鬼月」の供物(ロイター)

台湾や香港などでは生活のすみずみに、「農暦(旧暦)」に基づく伝統と習慣が根付いている。公的機関や企業などは日本と同じ「西暦」が基本だが、古来、月の満ち欠けを中心に農作業や祝いごとの節目があった。今年の農暦の元日「春節」は2月12日だったが、2月中旬ともなれば寒さも緩み、「新春」を祝う気分もわいてくる。冬のさなかの1月1日に「迎春」というのも、考えてみれば季節はずれ。今も生きる農暦の伝統を探してみた。

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中華圏では今月21日は「中秋の名月」である満月の「中秋節」だ。農暦の8月15日に輝く満月を愛でる習慣が古代からあった。台湾などでは、満月の翌日の月の方が輝きが美しいといわれることもある。電灯などない時代、収穫の秋を迎えるころ、虫の声を聞きながら満月を仰いだのだろうか。

中秋節といえばまず「月餅」を思い浮かべる。古くは名月への供え物だったが、贈り物とする習慣が広がった。これを極秘情報の伝達手段にしたのが春秋戦国時代。ひそかな反乱で、指令を書いた紙を月餅に埋め込んで各地の同志に届け、一斉に蜂起した逸話がある。

台湾ではここ数十年、なぜか中秋節に、路上などで家族や友人らとバーベキューをする習慣が広がった。伝統文化とのつながりはなさそうで、焼き肉関連会社がテレビCMで中秋節にバーベキューをする様子を宣伝し、そこから広がったともいわれる。2月14日のバレンタインデーに女性が男性にチョコレートを贈るという日本の習慣も菓子メーカーのCMが発端だといわれ、背景は似ている。

バレンタインデーといえば、農暦なら「七夕(たなばた)」だろうか。日本は天の川の両岸にある彦星と織姫が年に一度、逢瀬を交わす物語になった。古代中国の物語が日本風にアレンジされたようだが、それでも西暦の7月7日に夜空の星を見上げてロマンチックな気分に浸るよりも、今年なら西暦8月14日だった農暦7月7日の方が伝統文化に近く、恋の願いもかないそうな気がしてくる。

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中国では文化大革命(1966~76年)などの影響で廃れてしまった習慣の「鬼月」が、台湾や香港では今も盛んだ。現世とあの世の扉が開かれる農暦7月の1カ月で、今年は9月6日にその扉が閉まったばかり。「鬼」は幽霊のような存在を指しており、日本語の鬼とはニュアンスが異なる。

8月8日に始まった鬼月だが、「鬼」の名指しを避けて「好(良い)兄弟」といわれる無縁仏が現世で悪さをしないよう、店や住宅の前に供え物を山のようにかざる。この月は、不動産や乗用車のような高額の買い物をしたり、婚約や結婚式などをしたりするのを避ける習慣があり、若い人たちの間でも信じられている。

ただ、鬼の中には先祖も含まれ、供養も大切な行事だ。日本では「お盆」に変化したが、西暦でお盆を迎えるよりも、農暦7月15日の「中元節」(今年は8月22日)に亡くなった親族や先祖に供え物をささげて、手を合わせたほうが心が通じ合う気がする。

鬼月には、①夜は洗濯物を干してはいけない(鬼が寄り付く)②夜は外で後ろから名前を呼ばれても振り返ってはいけない(鬼に名前を覚えられる)③自宅から遠くにいったり水遊びをしたりしてはいけない(鬼に連れ去られる)など、さまざまなタブー(禁忌)がある。

鬼月のタブーについて、台湾の蔡欣吟(さい・きんぎん)淡江大准教授は、「暑い真夏に子供たちが夜に外を出歩いて危険な目にあったり、昼間でも大人の目の届かない河川で水遊びして溺れたりしないように、家族を守る愛情が込められている。数千年にわたる人々の経験と知恵の結晶だ」と考えている。農村では特に大事なことだったろう。

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正月に話を戻すが、台湾や香港に限らず中国本土やシンガポールでも、春節が本来の正月としての習慣が残り、1週間ほどの連休になる。月と太陽の運行にはずれがあり、農暦と西暦は年によって少しずつ変わる。来年の春節は2月1日という。

西暦1月1日は祝日だが2日からは会社も学校も通常どおり。12月31日の深夜には、1月1日までのカウントダウンが行われたりして、ひとまず西暦の新年気分を味わい、さらに春節を家族とともに祝うという年に2回の正月気分を味わうのが昨今の習慣らしい。

シンガポールや華僑の多いマレーシアでは、さらにマレー系住民の正月にインド系住民の正月も加え、年に4回の正月気分も味わえるが、そうそう浮かれてばかりもいられない。新型コロナウイルス感染がいつ収束するか、世界的にもまだ見通せないなかで、神頼みの一つもしたくなる。

長い歴史の中で培われた習慣と伝統を、ふとしたときに思い出す。東アジアで日本も「漢字と箸の文化圏」の一員だ。農暦の8月15日、西暦で9月21日に迎える中秋の名月を鑑賞しながら、新型コロナの収束などお願いしてみようか。満月は神様ではないが…。

(論説委員兼特別記者)