【朝晴れエッセー】栄養・9月15日 - 産経ニュース

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朝晴れエッセー

栄養・9月15日

私の母は昭和4年生まれである。7年前に他界した。

その母はいつも「栄養あるで、これ食べ」と言っては、私に何かを食べさせようとした。今食べとかんと次はいつ食べられるかわからんで、というかのように…。

調べてみると大都市では昭和16年から食料が配給となり、17年ごろからはどんどん食糧不足が深刻化していったようだ。

母の年齢と重ね合わせるとちょうど中学生の頃、人生で一番食べ盛りの時期であるといっていい。

そういえば、「お腹が減って仕方ないとき、お姉ちゃんが親に内緒で生米をコソッと炒(い)って食べさせてくれた」という話をしていたのを思い出す。

そんなものがおいしそうに私には思えなかったが、その話をする母の顔が苦労話にもかかわらず、何となくうれしそうだったことが印象に残っている。

母が私を産んだのは、昭和33年。もはや戦後ではないといわれ、高度成長期に入って間もない頃である。

そんな中、栄養だけはわが子に十分与えてやりたいと思ったのは至極当然のことだろう。自分が食べ盛りのときに一番足りなかったもの、欲しくてたまらなかったもの。

そう、母にとっては栄養は正義だったのだ。

もう随分といい年になった私にも、母は出掛けに「栄養あるで」とバナナを持って行かそうとした。

それをうっとうしそうに断る私を見る悲しそうな母の顔を、今も時々思い出す。

和田義輝 63 大阪府羽曳野市