【勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一(311)】福本の悔い まさかの本塁打に初戦黒星 - 産経ニュース

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勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一(311)

福本の悔い まさかの本塁打に初戦黒星

長嶋の打球を追い左翼フェンスによじ登った福本=広島球場
長嶋の打球を追い左翼フェンスによじ登った福本=広島球場

昭和59年の日本シリーズは、古葉広島との9年ぶり2度目の対決となった。

「オレがあのホームランさえ捕っていれば…と悔いが残ってるんや。まさか、あそこまで打球が伸びてくるとは思わなかった」

40年近くたったいまでも福本豊の脳裏に残っている〝あのホームラン〟とは、第1戦の八回に飛び出した広島・長嶋の左翼への逆転本塁打だった。

◇第1戦 10月13日 広島球場

阪急 001 100 000=2

広島 001 000 02×=3

(勝)小林1勝 〔敗〕山田1敗

(本)福原①(山根)長嶋①(山田)

阪急が山田、広島が山根と両エースが先発。四回、小林晋の好走塁で阪急が勝ち越し点を奪った。尻上がりに調子を上げる山田。阪急の逃げ切りか―と思われた八回、ドラマが始まった。

先頭、山崎隆の遊ゴロを弓岡がトンネル。衣笠三振のあと山本浩は平凡な遊ゴロ。併殺か―。ところが、山崎隆の好スライディングで福原の送球がそれ、一塁に走者が残った。

打者は長嶋。ボールカウント2―3からのカーブだった。完璧に詰まった打球はフラフラと左翼方向へ上がった。この時、右翼から左翼方向へ風速7メートルの風が吹いていた。

「アウト」と思った長嶋は一塁ベースを踏まずに二塁方向へ走りかけた。左翼を見るとなんと、福本が背走しフェンスによじ登ろうとしているではないか。

「あわてて一塁ベースを踏みに戻りましたよ」。そして一塁で振り返ると、打球は左翼・福本の差し出すグラブをかすめてスタンドに飛び込んでいた。

「何でもない飛球やった。それが風に乗って…。グラブの先に当たったんや。捕らなアカンわな」

フクさんの手にはその時の感触が今でも残っているという。

弓岡がもっと重心を低くしていたら。福原が弓岡からの送球をグラブの真ん中で捕球さえしていたら―と多くの悔いが残った。「観戦記」を担当した野村克也はこう指摘した。

「『…たら』は基本を忘れたり、基本から外れたところから生まれる。ほんの小さなことで流れが変わり、勝敗も左右される。それがシリーズの怖さや」

まだ第1戦。だが、大きな大きな一戦だったのである。(敬称略)