【風を読む】やっぱり奥大使は泣いている 論説委員長・乾正人 - 産経ニュース

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やっぱり奥大使は泣いている 論説委員長・乾正人

アフガニスタン退避作戦のため航空自衛隊入間基地を離陸するC-2輸送機=8月23日、航空自衛隊入間基地(川口良介撮影)
アフガニスタン退避作戦のため航空自衛隊入間基地を離陸するC-2輸送機=8月23日、航空自衛隊入間基地(川口良介撮影)

「9・11」から20年の歳月が流れた。だが、その後の国際情勢の激変に日本は対応できていない。いや、日本人そのものの劣化が進行したのではないか、とさえ感じる「事件」があった。

在アフガニスタン大使館での現地職員「置き去り事件」である。タリバンの攻勢で首都・カブールが陥落した8月15日の2日後、12人の日本人外交官は、英国軍機で逃げ出した。

米軍から「日本大使館を警護できない」と通告され、空港のパニック状況を考慮すれば情状酌量の余地はあるが、完全なミスである。恐怖政治でしられるタリバンとて今後の外交を考慮すれば、むやみに大使館員の身柄を拘束するとは考えにくい。英国大使は、ギリギリまで現地に残り、協力者にビザを出し続けた。第一、司令官たる岡田隆大使が、カブールに不在だったのは、更迭に値する。

外務省では、厳しい環境で勤務する外交官をケアするためローテーションを組んで年に何回か任地を離れて英気を養うことを認めている。この制度を利用して大使は、日本に帰国しており、慌てて現地に戻ろうとしたが、イスタンブールから先へは行けなかった。

大使館の情報収集力は、ゼロといっていい。米軍撤収の1カ月前には、「ごく近いうちにカブールは陥落する」との情報が出回っており、東京にいる私の耳にも入っていた。現地職員も早くから退避を進言していたとの報道もある。

外務省も何もしなかったわけではない。18日に民間機をチャーターして脱出させようとしたが、失敗。ここで即、自衛隊機の派遣を要請すればよかったのに、派遣が決まったのは、陥落から8日後で、間に合わなかった。

外務省出身の評論家、宮家邦彦氏は「『置き去りにして逃げる』などあり得ない」と本紙に寄稿した(9日付オピニオン面)が、政治も外交も結果がすべてである。

18年前、イラクで凶弾に倒れた奥克彦大使は、その3カ月前、バグダッドの国連事務所が爆破された跡地で、犠牲になった友人の血染めの名刺を見つけた。

「わが日本の友人よ、まっすぐ前に向かって行け!」「何を躊躇(ためら)っているんだ。やることがあるじゃないか」と感じた彼は、イラク復興に文字通り命を捧(ささ)げた。

今の外務省に「奥克彦」はいないのか。産経抄(8月30日付)の通り、やっぱり彼は泣いている。