【スポーツ茶論】障害は「不憫」ではなく「不便」 北川信行 - 産経ニュース

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スポーツ茶論

障害は「不憫」ではなく「不便」 北川信行

東京パラリンピック閉会式後、写真撮影に応じる日本選手団=5日、国立競技場(佐藤徳昭撮影)
東京パラリンピック閉会式後、写真撮影に応じる日本選手団=5日、国立競技場(佐藤徳昭撮影)

「多様性の尊重」と「共生社会の実現」を理念に掲げた東京パラリンピックが閉幕した。閉会式で、国際パラリンピック委員会(IPC)のアンドリュー・パーソンズ会長は「ここで旅路が終わるわけではない。全ての人が共生できる未来への始まりと捉えてほしい」と訴えた。パラアスリートの可能性を目の当たりにした多くの人が同じように、大会の盛り上がりを一過性のものにしてはならないと感じたのではないだろうか。では、われわれは一体、何をどうすればいいのか。ヒントをもらおうと、アダプテッドスポーツ・サポートセンターのファウンダー(創設者)で、大阪体育大学客員教授の高橋明さんを訪ねた。

『障害者とスポーツ』(岩波新書)などの著書もある高橋さんは「大阪市長居障がい者スポーツセンター」を中心に、長年にわたってパラスポーツの普及や発展に尽力。シドニーパラリンピック車いすバスケットボール日本代表の総監督も務めた。

ちなみに、同センターは昭和39年の前回東京パラリンピックをきっかけに、日本で初めて設立された障害者のためのスポーツ施設である。過去に取材した経緯もあり、高橋さんが今回の東京パラリンピックをどうみたのかも、聞きたかった。

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「パラスポーツへの理解は見ることから始まる」と言い続けてきた高橋さんが最初に指摘したのは、新型コロナウイルス禍により、原則無観客となったことだった。「ステイホームでテレビ観戦した人がほとんどだと思う。不幸中の幸いというか、テレビだとルールや見どころの解説があり、競技の魅力やパラリンピックの価値をより深く知ってもらえたのではないか」。そう肯定的に振り返った高橋さんだが「しかし、パラスポーツへの関心が広がったとしても、社会に根付かせるには、障害者が日常生活の中でスポーツと接することができる環境が整わなければならない。スポーツを『いつでも、どこでも、誰でも、誰とでも、いつまでも』楽しめるのが原点」と課題を挙げる。

例えば、車いすバスケットボールをしても傷つきにくい床の加工をしてある体育館は全国でもまだ少ない。バリアフリー化の遅れている施設も多い。競技用の車いすは高価で、手に入れにくい。指導者や介助者の数も限られている。高橋さんは「スポーツの振興には施設、指導者、仲間、情報の4つが必要だが、中でも施設の充実が一番急がれる」と現状を説明した。

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もうひとつ、高橋さんが言い続けていることがある。それは、パラアスリートは何でもできる「超人」ではないということ。バスケットボールのコートや競泳のプール、陸上のトラックでは、無限の可能性を秘めた能力を発揮する選手たちが、競技場から離れると、10センチの段差や20センチの溝があるだけで自由を奪われる。介助者なしでは排尿や排便がままならない選手もいる。「『感動した』『素晴らしかった』で終わらせるのではなく、なぜ障害を負ったのか、どういう不便さがあるのかなど、障害への関心、理解を深めてほしい。ここに障害者のスポーツを見る意義がある」と高橋さんは言う。

過去のパラリンピックでは、苦難や障害を乗り越えて頑張っている「感動ドラマ」だけがクローズアップされがちだった。今回もそうした傾向がなかったわけではないが、高橋さんは「障害は『不憫(ふびん)』ではなく『不便』。創意工夫で不便さをどうなくすかが大切。誰もが同じスタートラインに立てる社会を実現してほしい」と強調した。