近衛文麿邸「荻外荘」を復元、公開 東京・杉並区、6年予定 - 産経ニュース

メインコンテンツ

近衛文麿邸「荻外荘」を復元、公開 東京・杉並区、6年予定

復元後の「荻外荘」のイメージ(杉並区提供)
復元後の「荻外荘」のイメージ(杉並区提供)

先の大戦の開戦直前に首相を務めた政治家、近衛文麿(このえ・ふみまろ)が終の棲家とし、歴史の転換点となる会議が数多く行われた邸宅「荻外荘(てきがいそう)」(杉並区)の復元計画が本格化している。これまで区は邸内を原則非公開としてきたが、令和6年の工事完了後は公開に切り替える方針。激動の昭和史を伝える貴重な史跡として、新たな観光スポットになりそうだ。

JR荻窪駅から徒歩15分。閑静な住宅街を進むと、屋敷林に囲まれた趣ある和風邸宅が姿を現す。寺社の建築で知られる伊東忠太が設計した荻外荘だ。敷地の一部は公園として開放されているが、邸宅部分は耐震性の不安から立ち入り禁止となっている。

近衛は昭和12年から荻外荘に住み始め、政治会談の場として好んで使った。中でも有名なのが15年の「荻窪会談」。ドイツとイタリアとの連携や南方への進出について陸軍大臣に就任予定だった東条英機らと話し合い、内閣の基本方針を決めた。敗戦後、「A級戦犯」とされた近衛は邸内の書斎で自殺している。

荻外荘を受け継いだ次男の通隆(みちたか)さんが平成24年に死去すると、地元町内会から「歴史的価値が高い」として保存を求める声が上がり、区が遺族から建物と敷地を取得。公開に向けて動き出した。一方、荻外荘の客間棟や玄関棟は、昭和35年に豊島区にある天理教の教団施設に移築されており、当時の姿に戻すには移築分の返還が必要だった。そこで区は教団と交渉に臨み、約3千万円で買い戻すことで合意した。

復元の基準とするのは重要な会議が相次いで行われた昭和15、16年ごろ。当時の写真などを参考に、椅子や照明といった調度品から人形まで徹底的に再現する。さらに展示に当たってAR(拡張現実)を採用し、スマートフォンをかざすと荻窪会談で議論を交わす近衛や東条らの姿を画面上に表示する仕掛けも取り入れる予定だ。

工事は令和4年夏に開始し、6年に完成する見込み。区は復元後、荻外荘を多くの人に親しんでもらうため、邸内をドラマのロケやコスプレの撮影会など幅広い用途で貸し出すことも検討しているという。区荻外荘担当の星野剛志副参事は「荻外荘には当時の物品が多数残っており、本物だからこそ伝えられる価値がある。完成後はぜひ全国の方に足を運んでもらいたい」と期待を込めた。

(竹之内秀介)