ドイツから見た「東京2020」 作家・多和田葉子さんの視点 - 産経ニュース

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ドイツから見た「東京2020」 作家・多和田葉子さんの視点

作家の多和田葉子さん(酒巻俊介撮影)
作家の多和田葉子さん(酒巻俊介撮影)

新型コロナウイルスの感染拡大下で行われた東京オリンピック・パラリンピックがすべての日程を終えて1週間余りが過ぎた。当初予定から1年延期され、ほとんどの競技が無観客で実施された異例の大会は海外の人々にどんな印象を残したのか。ドイツ・ベルリン在住の作家、多和田葉子さん(61)が産経新聞に寄稿した。

ドイツではサッカーの試合があるとその盛り上がり方は尋常ではなく、重要な試合がある日は通りに人影がなく、シュートが決まると突然、大型スクリーンを入れた酒場などから歓声が聞こえてくる。

六月から七月にかけて欧州選手権があり、連日熱戦が続く中、試合のない日には「鬱」状態に陥る人もいるというほどの盛り上がり方だった。その反面、批判も出た。試合は観客を入れて行われ、マスク着用の規則も守られず、試合が終わってしばらくするとロンドンなどでは明らかにコロナ感染者が急増していた。

それと比べて東京オリンピックはドイツから見るといかにも「遠くで行われている」という感じだった。各人が個々の競技をテレビで熱心に鑑賞してはいたが、全体として盛り上がることはなかった。サッカー欧州選手権と違って観客なしで実行されたことは評価された。

オリンピックについて印象に残った報道が二つある。一つは東京特派員であるドイツ人が、「日本ではオリンピックに反対する人たちがはっきり意思表示をしている。政治に関心がなく意思表示をしない国民かと思っていたが脱帽だ」とラジオで話していたことだった。もちろん国民がここまで反対していたのになぜ実行されたのかという疑問は残るが、デモができないほど言論の自由が弾圧されている国も増えている中、その点では評価されたと見ていいだろう。

もう一つ、印象的だったのはベラルーシの陸上選手ツィマノウスカヤの話である。選手とそれを送り出す国内団体の関係は透明でフェアでなければならないはずなのに、そのへんの問題点を指摘しただけでオリンピック開催中に強制送還されそうになったツィマノウスカヤは、隣国ポーランドに亡命した。ルカシェンコ大統領の独裁政権を逃れてポーランドに亡命しているベラルーシ人たちのネットワークがあることも今回の事件で知った。

ポーランドへ亡命したベラルーシのツィマノウスカヤ選手(ロイター)
ポーランドへ亡命したベラルーシのツィマノウスカヤ選手(ロイター)

パラリンピックで特に印象に残っているのは、ルワンダのシッティングバレーボールのリリアン・ムコブワンカウェ選手とチームの監督へのインタビューだった。選手は、幕張メッセはすばらしい、と誉め称え、あなたの国は練習施設に問題があるのかと訊かれると、問題は施設ではない、と答えた。

アフリカ諸国は、パラリンピックでたくさんのメダルを獲得してもおかしくないはずだ。まず障碍者の割合が先進国より多い。その原因は、貧困、栄養不足、医療、労働条件、飲料水などにあると言われる。それに加えてルワンダの場合、1994年にフツ族系の政府と過激派によるツチ族大量虐殺があった。そういった負の遺産を前向きに相続し、負傷者たちを助け、パラリンピックで輝きたいと思っても、高い技術をつくした車椅子や義足、丹念に研究改善されたトレーニングプランなどを持つ中国、イギリス、ロシア、アメリカなどの大国にはとてもかなわない、しかし大切なのはメダルの獲得数だけではないはずで、自分たちの動きが観客にインスピレーションを与えてくれればいい、と謙虚に語る監督の言葉がたいへん印象に残った。

たわだ・ようこ 昭和35年、東京生まれ。早稲田大卒。日独両言語で詩や小説などを執筆している。平成5年に「犬婿入り」で芥川賞。2016年には、独のクライスト賞を受賞。18年には「献灯使」の英語版で全米図書賞(翻訳文学部門)を受けた。