福岡県政150年の企画展再開 公文書で成長をたどる(1/2ページ) - 産経ニュース

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福岡県政150年の企画展再開 公文書で成長をたどる

明治4年7月14日の日付がある廃藩置県の詔書写し
明治4年7月14日の日付がある廃藩置県の詔書写し

福岡県の誕生150年を記念した企画展「福岡県政150年」が、同県小郡市の九州歴史資料館と同県筑紫野市の福岡共同公文書館で14日、再開した。明治4年の廃藩置県とともにスタートした福岡県が浮沈を繰り返しながらも、九州の中核として成長していく姿を公文書などの資料でたどっている。新型コロナ感染拡大に伴う緊急事態宣言のため中断していたが、適切な感染対策を取った上で開館することにした。26日まで。

初代知事は有栖川宮

九州歴史資料館を会場とする第1部「九州の中核をめざして」は、廃藩置県前夜から終戦直後までを文書や絵葉書、ポスターなど61件の資料で紹介している。

大正4年に建設された旧県庁の模型
大正4年に建設された旧県庁の模型

福岡県の誕生は苦難に満ちたものだった。黒田家文書の「藩難史料」によると、明治2年の版籍奉還に伴い藩主は政府の任命によって藩知事となった。しかし、福岡藩で財政難解消のために起こしたニセ札事件が発覚。明治4年7月の廃藩置県発令の直前、藩知事だった黒田長知が罷免された。代わりに藩知事になったのは有栖川宮熾仁(ありすがわのみやたるひと)親王だった。廃藩置県が実行されると、有栖川宮がそのまま福岡県の初代知事に。現在の福岡県域にはかつて、八つの藩があったが、その後、福岡、三潴、小倉の3県となり、この3県も明治9年に合併した。

企画展では、三池藩の知事に立花出雲守を任命するという任命状や「藩ヲ廃シ縣ト為ス」と書かれた明治天皇による廃藩置県の詔書写し(国の重要文化財)、藩印鑑などを展示。有栖川宮が出した通達には「福岡藩の軍隊は解体されたので、兵器を藩庁に納めよ」とある。

明治初期には、熊本に鎮台や税務管理局、第五高等学校が置かれ、長崎には控訴裁判所(高等裁判所)が設置されるなど、ライバルぞろいだった。しかし福岡には明治22年に九州鉄道、34年に八幡製鉄所が開業。熊本、長崎との誘致合戦の末に明治36年、京都帝国大学福岡医科大学(九州大学の前身)が設立され、九州の拠点としての福岡の地位が急速に高まった。