福岡・飯塚事件再審請求 「新証言」行方は 15日に3者協議 - 産経ニュース

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福岡・飯塚事件再審請求 「新証言」行方は 15日に3者協議

平成4年に福岡県で7歳の女児2人が殺害された「飯塚事件」が、新たな展開を見せている。死刑が確定し20年に執行された久間三千年(くま・みちとし)元死刑囚=執行時(70)=の妻が7月、福岡地裁に2度目の再審請求を申し立て、弁護団は事件当日に2人の女児を乗せた白い色の不審な車を目撃したとする、確定判決の目撃証言とは異なる「新証言」を提出した。死刑執行後の再審請求は、再審開始が認められれば初のケース。司法の判断が注目される。

再鑑定は不可能

飯塚事件の特徴は、元死刑囚が捜査段階から全面否認を貫いたことだ。

第1次再審請求審では、有力な証拠とされた科警研の付着物のDNA型鑑定が、再審無罪が確定した「足利事件」とほぼ同時期に同じ手法で行われたため、その信用性が最大の争点となった。

ただ、飯塚事件では鑑定試料が残されておらず、再鑑定が不可能なことが判明。第1次再審請求の1、2審決定では、DNA型鑑定について「慎重に評価すべきだ」とする一方、血液型鑑定や車の目撃証言、被害者の着衣から採取した繊維が元死刑囚の車のシートと一致する可能性が高いとする鑑定結果などから、「犯人であることが重層的に絞り込まれている」として請求を棄却した。

最高裁第1小法廷も今年4月、「DNA型鑑定の証明力が別の証拠の評価を左右するとはいえず、再評価は必要ない」として退けた。

女の子乗せた車見た

今回、弁護団が提出した新証言は、当時40代の男性が情報提供した。内容は以下のようなものだ。

《女児が行方不明になった日の午前11時ごろ、遺留品発見現場から約15キロ離れた国道で車を運転中、白いワンボックスタイプの軽自動車を追い抜いた際、後部座席にランドセル姿の女の子2人がいるのを見た。運転手は30~40代ぐらいで丸刈り、色白の男。その日、報道で女児2人が行方不明となったのを知り、翌朝に110番通報したが、警察が聴取に来たのは1週間後だった》

確定判決では、新証言と同日時に遺留品の発見現場近くの山道で「不審な紺色のワゴン車が停車しているのを見た」との地元男性の証言が、有力な証拠の一つとされた。男性は「メーカーはトヨタや日産ではない」「車体にラインがなかった」などと車の特徴を9つ挙げ、元死刑囚の車の特徴に当てはまっていた。

弁護団は「一瞬の目撃で9つも車の特徴を述べることはあり得ない」などと指摘し、事前に元死刑囚の車を把握していた捜査官による「誘導だ」と主張する。これに対し、検察側は第1次再審請求審で、「捜査の進展に従って目撃証言が詳細になるのは自然かつ合理的だ」と反論している。

証拠開示を

弁護団の德田靖之弁護士は、「再審開始のハードルは著しく高いだろう」としつつ、「今回の新証言について、当時県警が動いたのか、動いたのであればどの程度か、それを知るために証拠開示が非常に大事。裁判所がどの程度、開示の重要性を認識するかがポイントだ」と指摘する。

今月4日に東京都内で行われた弁護団による再審請求の報告集会では「むちゃなことを言っているのではなく、裁判が間違っているからやり直してほしいと願っているだけです」などとする元死刑囚の妻のメッセージが代読された。

弁護団は、新証言の存在をテコに、福岡県警が当時、適切な捜査をしたかを検証するため、証拠開示を求める方針。15日には、福岡地裁と福岡地検、弁護団で第2次再審請求の審理計画などを話し合う3者協議が行われる予定だ。(村嶋和樹、塔野岡剛)

飯塚事件 平成4年2月20日、福岡県飯塚市で小学1年の女児2人が登校中に行方不明になり、翌21日に同県甘木市(現・朝倉市)の山中で遺体が発見された。県警は6年9月、死体遺棄容疑で久間三千年・元死刑囚を逮捕。その後、殺人罪などで起訴された。元死刑囚は一貫して無罪を主張したが、福岡地裁は11年9月、死刑を言い渡した。最高裁は18年9月に元死刑囚の上告を棄却、20年10月に刑が執行された。翌21年に元死刑囚の妻が再審を請求したが今年4月に請求棄却が確定。7月に第2次再審請求を申し立てた。