ビブリオエッセー月間賞

7月は『ダチョウはアホだが役に立つ』 神戸市東灘区の梶原基司さん

ビブリオエッセー月間賞の選考をする江南亜美子さん(左)と福嶋聡さん=大阪市中央区(前川純一郎撮影)
ビブリオエッセー月間賞の選考をする江南亜美子さん(左)と福嶋聡さん=大阪市中央区(前川純一郎撮影)

本にまつわるエッセーを募集し、夕刊1面とWEBサイト「産経ニュース」などで掲載している「ビブリオエッセー」。皆さんのとっておきの一冊について、思い出などとともにつづっていただき、本の魅力や読書の喜びをお伝えしています。7月の月間賞は、神戸市東灘区の梶原基司さん(66)の『ダチョウはアホだが役に立つ』に決まりました。ジュンク堂書店のご協力で図書カード(1万円分)を進呈し、プロの書店員と書評家による選考会の様子をご紹介します。


■「コロナの話、無理なく触れて」(福嶋さん)、「すすめたい熱量伝わる」(江南さん)

-7月下旬は東京五輪のためお休みをいただき、掲載は14作となりました。いかがでしたか。

江南 今回気づいたのは、無理にコロナを枕にしたり、まとめに持ってこようとしたりするエッセーがなかったことです。コロナが特別な恐怖でなくなり、ついに日常になったのかもしれませんね。

福嶋 確かにそうでしたね。今回は小説の場合ちょっと内容が分かりづらくて、もう少し説明してくれたらよかったのになあと思うものがありました。

江南 小説紹介にはやはりネタバレ問題がつきまといます。とくにミステリーだと、どこまで書くのが許容されるか、気にされている人も多いのでは。でも、ビブリオエッセーは特異な形式ですし、新刊でない場合も多く、むしろご自分でここまでかなと制限してしまったために、エッセーが不完全になることがあります。一律にネタバレ厳禁と考えるのではなく、その本の魅力を伝えるのが一番ですから。

--個別ではいかがですか

福嶋 『あの本は読まれているか』は、本屋としてはひかれてしまいますね。一冊の本が人から人へと広がっていくことが社会を動かしていく、こういう本を紹介してくださるのはうれしいなと思いました。

江南 複層的な構造を持つ、「本についての本」を短い文字数で紹介するのはなかなか難しい。もう少し、情報整理がこなれていたらなおよかったんですけどね。

福嶋 『自由学校』は、獅子文六の作品を紹介してくださったのも嬉しかったけれど、それ以上に、筆者のご主人の話がおもしろかったですね。

江南 チャーミングなエッセーでした。本の中身もちゃんと紹介した上で、ご主人についてワルグチを語るんですけど、地の文にユーモアがあるので、魅力的。

福嶋 小説は昭和20年代の東京を舞台にしていて、妻の方が夫に向かって「出ていけ!」というんです。その頃の方が、今よりも女性に解放感があったのかもしれないですね。

江南 『あなたの人生の物語』はよく読まれている人気作家のSF小説です。あらすじも丁寧に追っていて好感触。『星の時』はとてもかわった手触りの小説ですが、ご自身の実体験である、ブラジルで少女に自作の詩をもらったというエピソードから始めたことで、小説に出てくる女の子の無垢(むく)性と呼応させるうまいエッセーとなっています。私としては、よくまあこの本を紹介してくださってとうれしかったです。

福嶋 『ダチョウはアホだが役に立つ』がよかったですね。冒頭も気が利いていて、おもしろそうな本だと思いました。コロナの話も無理なく触れられていました。

江南 本のセレクトの勝利ですか。そして、この本を楽しく読んだよ、皆さんにもおすすめしますよ、という熱量が伝わります。先ほどネタバレは厳禁じゃないと言いましたが、読者に読みたいと思わせる力のほうが大事。最後の一文は普遍的な大きな構えのまとめになりましたが、道筋が通っていたので、浮かずに収まりました。

--では『ダチョウ-』に

ダチョウはアホだが役に立つ
ダチョウはアホだが役に立つ

〈作品再掲〉

■偏愛が見つけた奇跡の力

[偏愛]…あるものや人だけを愛すること。

新米教師の頃、「光合成の研究でホタルのお尻の粉末を…」と語る同僚に「それ世の中の役に立つん?」と大笑いした。自分は鎌倉時代の裁判を研究していたくせに…。塚本先生を知ったのはテレビ番組だった。新型コロナウイルスの抗体をダチョウの卵から大量に作れることを発見し、世界中から注目されている研究者として紹介されていた。獣医師で京都府立大学学長、なにより無類のダチョウ愛好家である。

でも先生を紹介する映像はダチョウのスキをついて卵を抱え、必死の形相で逃げる姿だった。先生は怒ったダチョウに蹴りを入れられ、複雑骨折したから命がけなのだ。そのギャップがおかしくて、この本をすぐ買った。

面白い。ダチョウはアホで自分のヨメさんの顔も子供の顔も覚えられず、カラスについばまれて骨が見えるほど肉をえぐられても知らん顔でエサを食べているらしい。その鈍感力。消毒して数日もすると回復するくらい生命力が強いそうだ。なぜか、ということから研究が進んだと書いてある。その成果に、ビジネスにも応用した先生とダチョウのパワーに驚いた。

先生は小学生の頃、吃音をからかわれて学校にも通えず、大好きな鳥だけが友だちだったという。そんな人が、好きで好きでひたすら研究してきたことが日の目を見た。残念ながら今の日本は、役に立つとわかっていることにしか金を出さないし、気に入らない人を目をつりあげて攻撃する心貧しい国だ。

世の中には変な人や何の役に立つかわからないものがいっぱいある。でも困難を解決する本当の知恵は多様な個性の中からこそ出てくる。この本はそのことを教えてくれた。

梶原基司さん
梶原基司さん

〈喜びの声〉神戸市東灘区の梶原基司さん(66)

中高一貫校で長く社会を教えてきましたが、ダチョウ先生のこの本をさっそく生徒たちに薦めています。そして自分の好きなことをやりなさいとアドバイスしました。私も自分の好きな分野を教えることに喜びを感じていますが、好きな道は困難も伴います。ユーモアたっぷりの塚本さんも苦労されたのだろうなと共感しながら読んだ本でした。役に立つかどうか、最初から結果は見えません。だからアホでもいい、未来を信じて力を尽くしましょう。

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