【一聞百見】触って考える未来の社会 全盲の文化人類学者 広瀬浩二郎さん - 産経ニュース

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一聞百見

触って考える未来の社会 全盲の文化人類学者 広瀬浩二郎さん

体感型古墳模型、岡本高幸作「とろける身体-古墳をひっくり返す」と広瀬浩二郎さん=大阪府吹田市の国立民族学博物館(南雲都撮影)
体感型古墳模型、岡本高幸作「とろける身体-古墳をひっくり返す」と広瀬浩二郎さん=大阪府吹田市の国立民族学博物館(南雲都撮影)

注目を集めた東京パラリンピックが閉幕した。さまざまな障害のある選手らの活躍には目を見張るばかりだったが、自分にしかできないことに挑戦している人が大阪にもいる。大阪府吹田市の国立民族学博物館で開かれている特別展「ユニバーサル・ミュージアム―さわる! 〝触〟の大博覧会」を企画した広瀬浩二郎准教授(53)だ。「座頭市流フィールドワーカー」を自任する全盲の文化人類学者が、コロナ下で挑む、〝触る〟ことをテーマにした展覧会とは―。めざすのは、バリアフリーを超えたユニバーサルな博物館、そして社会だ。


触る文化の危機

「古墳風呂って呼んでいるんですけどね」

笑いながら広瀬さんが紹介してくれたのは、巨大で不思議な物体である。展示作業が始まる前の倉庫。よく見ると、なんだか古墳を逆にしたような…。「はい。体感型の古墳模型です。さわるとほんのりと温かく感じるようになっていて、中に寝っ転がってからだ全体で古墳を感じてもらおうというわけです」

大阪出身の美術作家、岡本高幸さんの作品で、「歴史にさわる」というコーナーで展示する予定だ。ほかにも「風景にさわる」「音にさわる」など、おもしろそうな展示セクションが用意されている。多くのアーティストが広瀬さんの依頼に応じて作品を提供。さまざまな素材、方法を駆使して「触」の可能性を追求しようという試みだ。

「笛吹ボトルの音色」と広瀬さん。映像作家、亀井岳さんと大阪府立大阪北視覚支援学校の中学生たちとのコラボ作品だ=大阪府吹田市の国立民族学博物館(南雲都撮影)
「笛吹ボトルの音色」と広瀬さん。映像作家、亀井岳さんと大阪府立大阪北視覚支援学校の中学生たちとのコラボ作品だ=大阪府吹田市の国立民族学博物館(南雲都撮影)

この展覧会、本来は東京パラと同様、昨秋の開催予定だった。1年延期となったがいまだにコロナ禍は厳しい状況だ。その中でも「触る」ことにこだわり、さまざまな感染対策を講じて開催にこぎつけた。「中でも一番こだわったのは、全身の感覚を使うということ。例えば打楽器の音は耳だけではなく、振動や空気の波動も感じることができるはずです」

広瀬さんの大きな研究テーマが「触文化」である。中世・近世の琵琶法師などの研究で知られるが、近代化の中で人間は「視覚優位」の社会へと邁進(まいしん)してきた―という指摘には大いに納得させられた。「中でも近代文明のシンボルともいえる博物館は、見る場所という観念がとても強い。これまでバリアフリーはいわれてきましたが、単なる障害者対応や弱者支援という枠を超えたユニバーサル・ミュージアム(誰もが楽しめる博物館)をめざしたい。さらにそれを、社会変革にもつなげていかなくてはならないと思うのです」

そんな大きな目標を掲げてきたところにコロナ禍が押し寄せた。「濃厚接触」という言葉が頻繁に使われ始める。それも否定的に。「触る文化の危機です。最初は自分にとって〝コロナは敵だ〟と思っていたんです。でも触れないことで逆にその大切さに気づく人が増えた。今は、やっぱり触ることが大事だといえる。ある意味でコロナは展覧会の〝隠れ実行委員〟かもしれません」と苦笑。

東京パラは障害者や社会について考える大きな契機だが、一過性にしてはならないと広瀬さんはいう。「東京パラ開催がゴールじゃない。これから新しいことが始まる出発点なんです。触の大博覧会もこれからの社会を具体的に示す機会になればと思うのです」


見えないから できること

完全に失明したのは13歳のとき。全盲になったが、持ち前の明るさと負けん気で立ち直りも早かった。高校生になると進路を考え始める。「先輩の話などを聞くわけですが、漠然と大学に行きたいと思っていても就職を考えると、どうやら将来は厳しいらしいぞ、というのがだんだんわかってくるんです。ところが当時の進路指導の先生が『どうせ厳しいのだからいま好きなことを選びなさい』と。当時はなんていい加減な…と思いましたけどね」

高校時代は司馬遼太郎の小説に夢中になり、歴史が好きだった。修学旅行で訪れた京都では女性のやわらかい言葉にもひかれ、京都大学で日本史を学ぶことが目標になる。「とても耳に心地よかったんです」

もう一つ、高校の歴史の授業で心に残った言葉があった。障害者の歴史は埋もれていて、研究する人がいないというのだ。「確かに歴史に登場する人物はというと塙保己一(はなわほきいち、江戸時代の国学者、7歳で失明)や鑑真くらい。障害者の歴史は当事者の私たちが発掘し伝えないといけない、という言葉がずっとひっかかっていました」

京都大学では山伏とその歴史に興味を持ち、フィールドワークの楽しさを知る。民間信仰や宗教へと関心を広げ、卒論は琵琶法師をテーマに取り組んだ。

京都大学に入学したころの広瀬さん=京都市左京区(本人提供)
京都大学に入学したころの広瀬さん=京都市左京区(本人提供)

「当時は1990年代。最後の琵琶法師といわれた方や瞽女(ごぜ)(三味線などを弾き歌う盲目の女性旅芸人)さんらもまだいたんです。21世紀に入って姿を消してしまいましたが、直接話が聞ける最後のチャンスに居合わせたのは幸運でした」。大学院に進み、やがて研究者になる覚悟を決めた。博士課程のころから公募情報を見ては応募を始める。「軒並み落とされるんですね。100件くらいは応募したかな。もちろん実力不足もあったけれど視覚障害者ゆえの門前払いということもあったでしょう」

そうして国立民族学博物館に出合った。面接まで進んだのは同館が初めてだったという。海外に開かれた研究機関の懐の深さだろうか。まずは業績第一というところがあったという。「入ってみると、博物館って『視覚優位』の象徴的な場所なんですよ。全盲で博物館勤務の人間って世界でもほとんどいないんじゃないでしょうか。でも、だからこそ何か自分の役割があるんじゃないかと思うようになりました」

ポップアップ本。デザイナー、桑田知明作の「にじ」(南雲都撮影)
ポップアップ本。デザイナー、桑田知明作の「にじ」(南雲都撮影)

これまでの研究の集大成といえるのが、開催中の特別展「ユニバーサル・ミュージアム―さわる! 〝触〟の大博覧会」だ。普通、博物館といえば触らせないのが当たり前。見ることが主体の場所で、あえて〝触る〟ことをテーマに掲げた意欲的な展示である。「普通の展示と違うところは、大半の展示会場を暗くしていること。廊下など移動場所は危ないので明るくしていて、普段とは反対です。より〝触〟の感覚に集中して、何かを感じてもらえれば」


忘れられたこと 問いかける

世界でも例のない「触」をテーマにした博覧会を企画した広瀬。その開催に邁進していた昨春、コロナ禍が襲来した。1年延期が決まった当時は随分、落ち込んだという。自宅待機が続く毎日。その中で、京都の出版社・小さ子社のウェブサイトで始めた連載が話題になった。その名も「それでも僕たちは『濃厚接触』を続ける! 世界の感触を取り戻すために」。昨年10月には、同名の本も出版。触ることが忌避されたゆえに、その大切さが見直された1年でもあった。「コロナ対策に膨大な時間を費やさなくてはならず、たいへんでしたが、この1年を前向きにとらえることにしました。時間の猶予をもらったともいえるわけで、展示についてもう一度考えてみたんです」

触っておもちゃの仕組みを楽しむ、鳥取市「わらべ館」の玩具を説明する広瀬さん=大阪府吹田市の国立民族学博物館(南雲都撮影)
触っておもちゃの仕組みを楽しむ、鳥取市「わらべ館」の玩具を説明する広瀬さん=大阪府吹田市の国立民族学博物館(南雲都撮影)

開催中の特別展はちょっと変わった展覧会だ。普通、展示場所は明るく、通路は暗いが、逆なのである。展示会場も最初は明るいが、途中は暗くして視覚に頼らず「触覚」を生かせるよう工夫されている。そして、最初の明るい導入部分に立つのが案内役ともいえる盲目の琵琶法師「耳なし芳一」の等身大の木彫作品だ。「作品を置くことは決まっていたのですが、さらに工夫をして、来館者の方が芳一と一緒に旅に出るという演出にしました。いろいろと練り直しができたのはよかったかなと思います」

真下弥生「触察本」=大阪府吹田市の国立民族学博物館(南雲都撮影)
真下弥生「触察本」=大阪府吹田市の国立民族学博物館(南雲都撮影)

今回のテーマは、誰もが楽しめる博物館「ユニバーサル・ミュージアム」だ。単なる障害者対応の「バリアフリー」ではなく、展示内容自体が「ユニバーサル(普遍的)」であることを目指している。実は、似ているようで全く違うコンセプトだ。誰もが楽しめるということはどういうことか。そもそも「誰も」とはどんな人たちのことか。そこから考えないと、正しい方向は見えてこない。

現代は「視覚優位」の世界だと指摘する広瀬さん。ところがそれすら、普段の社会生活で感じることは少ないのが現状である。「現代社会で顧みられなくなったものや歴史、文化がたくさんある。それを博物館という舞台を使って、今という時代に問いかけていく。改めて自分の役割なんだと思います」

では「触」の展覧会の次にめざすのは何か。「そうですね。漠然と考えているのは2025年の大阪万博かな。まず、この民博(国立民族学博物館)は1970年に開催された大阪万博の跡地にあります。そのテーマは『人類の進歩と調和』でしたが、当時、その中に障害者の存在は入ってなかったでしょう」と広瀬さん。でも、次の万博は違うはずだと期待を込めていう。

「次のテーマは『いのち輝く未来社会のデザイン』ということになっていますが、まだもう一つピンとこない。けれど、英語版を見ると『Our Lives』(私たちの命)という言葉が入っているんです。この『私たち』ってだれなんだろう?と思う。僕のようなマイノリティーの立場からすると、障害者も含めた本当の意味での私たちにしてほしいし、したいですね」


ひろせ・こうじろう 昭和42年、東京都生まれ。13歳のときに失明し、筑波大学附属盲学校を経て京都大学文学部卒、同大学院修士課程修了後にカリフォルニア大バークレー校留学。平成12年京都大学文学博士号取得。13年から国立民族学博物館勤務、20年准教授。研究テーマは障害者文化に関する人類学的研究など。著書に『目に見えない世界を歩く』(平凡社新書)、『それでも僕たちは「濃厚接触」を続ける!―世界の感触を取り戻すために』(小さ子社)など。