【ビブリオエッセー】度胸と覚悟の一代記 「気張る男」城山三郎(文春文庫) - 産経ニュース

メインコンテンツ

ビブリオエッセー

度胸と覚悟の一代記 「気張る男」城山三郎(文春文庫)

この夏、大阪企業家ミュージアムの松本重太郎展の広告を見て、この小説を思い出した。生まれ故郷の丹後国・間人(たいざ)から、十歳の重太郎が一念発起して奉公に出るところから始まる一代記。裸一貫の旅立ちである。

経済小説をよく読む。今なら池井戸潤らが定番だが、以前は城山三郎だった。大河ドラマの影響で渋沢栄一が脚光を浴びているが大阪は五代友厚や「西の渋沢栄一」といわれた重太郎の名を忘れてはいけない。

騒然とする幕末の大坂から維新へ、新しい時代をにらんだ重太郎が独立して創業したのが舶来ものを扱う雑貨会社だった。続いて銀行経営に乗り出し、さらに渋沢らと大阪に紡績会社を発足させた。後の東洋紡である。

私はいつも南海電鉄を利用しているが重太郎がその前身、阪堺鉄道から南海鉄道の設立に関わったことを知る人は少ないだろう。重太郎は大阪と堺との人と車の往来を二種類の豆を数えて採算を調査した。現在、コロナ禍で電鉄各社は利用客減に苦しんでいる。泉下の重太郎ならこの状況をどうとらえたろう。

事業の幅は広がり、大阪麦酒会社設立のくだりも興味深い。しかし時代は日清、日露と続いた戦争で銀行経営は行きづまる。ライバルの安田善次郎に相談する場面。覚悟を問われた重太郎は資産を「悉皆(しっかい)(洗いざらい)出します」と約束した。途端に屋敷から借家住まいとなったが、重太郎の男気は頼まれたら断れない。

小説は鉄鋼王のカーネギーに会った話や孫のジャーナリスト、重治の話などにも及ぶ。さて実業家、重太郎は勝者か敗者か。敗者とみる評価もあるが、城山はそうは見なかった。これは「任侠の男」の豪傑な偉人伝である。

大阪府大阪狭山市 高井祐二(56)

投稿はペンネーム可。600字程度で住所、氏名、年齢と電話番号を明記し、〒556―8661 産経新聞「ビブリオエッセー」事務局まで。メールはbiblio@sankei.co.jp。題材となる本は流通している書籍に限り、絵本、漫画も含みます。採用の方のみ連絡、原稿は返却しません。二重投稿はお断りします。