【新聞に喝!】「角栄」より断然「共産党」 京都府立大学文学部教授・岡本隆司 - 産経ニュース

メインコンテンツ

新聞に喝!

「角栄」より断然「共産党」 京都府立大学文学部教授・岡本隆司

立花隆氏
立花隆氏

去る4月30日、立花隆氏が急性冠症候群のため亡くなった。行年80歳。各紙が報じたのは6月下旬、前回にひきつづき、訃報から筆を起こして恐れ入る。自身の「知り合い」があいついで亡くなるので、やむを得ない。

今は昔、半世紀も前の1970年代。物心ついたころ「カクエイ」「アカハタ」などの固有名詞を覚えたのは、テレビ・新聞などの報道によるものだった。もちろん望んで見聞したものでもなければ、意味をわかっていたわけでもない。それでも大人の騒ぐ、世上の関心の所在は十分に体感できたし、長じてはその意義も十分に納得できた。その仕掛け人として故人の存在があったことに、いまさらながら気づいたところである。

その意味で、故人とその業績を大きくとりあげることに異存はない。「命懸け」の「調査分析」は高く評価されてしかるべきである。ただその事蹟(じせき)を評する姿勢・視座には違和感を禁じ得ない。

筆者も故人の著書をいくつも読んだ。白眉はやはり「日本共産党の研究」である。ところが短い報道で紹介するのは「田中角栄研究」ばかり、日本共産党や「過激派」の組織原理に斬り込んだ業績に対する言及がごく少ない。作品としては「日本共産党の研究」のほうがすぐれているし、左右いずれもとりあげたところに、故人の真骨頂があるとみるのは筆者だけだろうか。

時の首相の金権体質をあばき辞任に追い込んだので目立ったのは事実だし、また社会主義の退潮と金権政治の盛行という現代の世相を反映していることもわかる。しかしそれならそういうべきであって、時を隔てた現在、そこまでいわないとわからない。

当時を今どう位置づけるのか。返す刀で、当時からどのようないきさつで今が生まれたのか。故人の「調査分析」はまさしくそこに向かうものではなかったか。現代の背景もふくめ歴史を伝える工夫・姿勢は不要なのだろうか。

故人の訃報で「日本共産党の研究」にふれないのは、当時激しく論争した日本共産党の機関紙「しんぶん赤旗」も同じである。社会主義退潮の時代だからこそ、現在の共産党がどう語るのか、現代のジャーナリズムがどうふりかえるのか、そこを知りたかった。

黙殺・沈黙は歴史的思考を欠くにひとしく、その点で日本共産党とジャーナリズムは同じ思惟(しい)構造をもっていないであろうか。日本人全体の欠陥でなければ幸いである。

【プロフィル】岡本隆司

おかもと・たかし 昭和40年、京都市生まれ。京都大大学院文学研究科博士課程満期退学。博士(文学)。専攻は東洋史・近代アジア史。著書に「『中国』の形成」など。