【新・仕事の周辺】小池真理子(作家) 創造人物に励まされ - 産経ニュース

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新・仕事の周辺

小池真理子(作家) 創造人物に励まされ

小池真理子さん(本人提供)
小池真理子さん(本人提供)

平成21年に父、25年に母が逝った。その5年後、夫で作家の藤田宜永(よしなが)の肺に手術不能の進行がんが見つかり、余命半年という宣告を受けた。

新薬の効果があり、いっときは寛解の希望が生まれたものの、頸(けい)部リンパ節への小さな転移が止まらなくなった。ほどなくして肺に再発。昨年1月、ついに力尽きた。

両親を見送り、同業の夫に死なれる、という、死別続きの怒濤(どとう)の10年だった。そして私は、その10年の間、通常の連載仕事の他に、なかなか前に進むことができない書き下ろし長編小説を抱えて四苦八苦していた。

とりわけ夫の病はこたえた。いずれは夫婦どちらかがそうなる、とは誰もが考えることだろうが、私の場合、それが思いがけぬ早さで巡ってきてしまった。執筆の時間を捻出しづらくなったというよりも、書くための精神状態を保ち続けることが難しくなった。

書き下ろし完成は諦めてしまったほうが楽だ、と何度も思った。辛抱強く待ってくれていた担当編集者に胸の内を明かし、もう書けない、と訴えている自分を思い描いてみたこともあった。

そのくせ、これまで書いてきた原稿をパソコンの中で読み直し、ぽつりぽつりと手を加えたり、物語の行く末を考えたりしている時間が愛(いと)おしくなった。そうした作業自体が、いずれ訪れる伴侶の死から自分を救ってくれようとしていることに気づいた。

昭和38年、東京オリンピックが開催される前の年の11月9日、土曜日。国鉄の大事故と三井三池炭鉱の爆発事故が起こり、「魔の土曜日」と呼ばれた日に、12歳の少女、百々子(ももこ)の両親が何者かに殺害される。犯人は誰なのか、という謎で読ませるミステリー小説に仕立てるつもりは毛頭なかった。その犯行が何故(なぜ)、行われねばならなかったのか、ということをふくめ、残された百々子の波乱の生涯、そして、それを生き抜いていく彼女の強靱(きょうじん)さを描きたかった。少なくとも、描こうとしていた。

作者である私の、なかなか書き上げられずに諦めようとまでしていた情けない一面を鼓舞し、勇気づけ、励まし続けてくれたのは、他ならぬその百々子だった。私は自分が創造した百々子に助けられながら、終章部分はほぼ一気呵成(かせい)に書き、なんとか作品を完成させた。

夫の死と、直後に始まった世界規模の疫病のさなか、著者校正の作業も思うに任せなかったが、この6月、晴れて無事に刊行の運びとなった。タイトルは『神よ憐(あわ)れみたまえ』(新潮社)。

あまりに長く抱えこんでいたせいだろうか。作中の登場人物たちが、今も実際にどこかで生きているのではないか、とふと思うことがある。

【プロフィル】小池真理子

こいけ・まりこ 作家。昭和27年、東京都生まれ。成蹊大卒。出版社勤務を経てフリーに。平成8年に『恋』で直木賞を受賞。夫の藤田宜永氏もともに候補にあがり、話題となった。『無花果(いちじく)の森』で23年度芸術選奨文部科学大臣賞、25年に『沈黙のひと』で吉川英治文学賞など受賞歴多数。ほかの著書に『欲望』『虹の彼方』などがある。近著に『神よ憐れみたまえ』。