【プロ野球通信】「攻撃的2番」で活躍、定番の質問は験担ぎ? 西武の栗山、コツコツと2000安打(1/2ページ) - 産経ニュース

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「攻撃的2番」で活躍、定番の質問は験担ぎ? 西武の栗山、コツコツと2000安打

通算2000安打を達成した西武・栗山巧。投手は楽天・牧田和久=楽天生命パーク宮城(福島範和撮影)
通算2000安打を達成した西武・栗山巧。投手は楽天・牧田和久=楽天生命パーク宮城(福島範和撮影)

西武の栗山巧外野手がプロ野球史上54人目の2000安打を達成した。2008年に当時では珍しい「攻撃的2番」として日本一に貢献。類いまれなる練習量で、西武の生え抜きでは初めてとなる金字塔を打ち立てた。

今月4日の楽天戦。九回1死走者なしから、左前への流し打ちで2000安打に到達した。「結果的にずっと練習してきた逆方向へのヒットが出た」。元同僚の牧田-炭谷のバッテリーから節目の一本に「一緒に戦った仲間のバッテリーから打てたのはうれしい」と喜んだ。満面の笑みを浮かべて駆け寄ってきた炭谷と同期入団の中村から手渡された花束を笑顔で受け取った。

印象に残る一本には、プロ初安打を挙げた。1軍初出場となった高卒3年目の04年9月24日の大阪ドーム(現・京セラドーム大阪)での近鉄戦。少しバットの先でとらえた一、二塁間を抜ける当たりだった。当時は中島(巨人)、同期の中村ら若手が伸び盛りで「良い選手がたくさんいた。(安打が)出ないとチャンスはない」と無我夢中で放った安打だった。04~07年までのヘッドコーチで、打撃指導を受けていた土井正博氏からは「名球会に入れるような選手になれ。しっかり積み重ねていけ」と言われていた。当時は1軍に残ることに必死で「2000安打」はとてつもなく遠い数字に感じたという。「いつかはそういう選手になりたい」との思いを胸に、誰よりも多くバットを振った。

2000安打を達成し、試合後にボードを手に記念撮影をする西武の栗山巧=楽天生命パーク宮城(大橋純人撮影)
2000安打を達成し、試合後にボードを手に記念撮影をする西武の栗山巧=楽天生命パーク宮城(大橋純人撮影)

08年に大きく飛躍する。2番に固定され、チームの日本一に貢献した。ここ数年、2番に強打者を置く起用法がトレンドになっているが、当時は珍しい犠打の少ない2番打者だった。4度の盗塁王に輝いた片岡(巨人コーチ)が1番を任されていた。当時、監督を務めていた渡辺久信ゼネラルマネジャー(GM)が「二盗する際、打者と走者が重なって捕手の送球をワンテンポ遅らせたい」との狙いもあって、左打者の栗山を起用した。片岡の盗塁を援護するために、早打ちはせず、球を待つこともあった。難しい条件の中で08年は、最多安打のタイトルを獲得している。