こだわり詰めた江戸の酒 23区唯一の酒蔵「東京港醸造」 - 産経ニュース

メインコンテンツ

こだわり詰めた江戸の酒 23区唯一の酒蔵「東京港醸造」

東京にこだわって醸される東京港醸造の酒「江戸開城」(宮崎瑞穂撮影)
東京にこだわって醸される東京港醸造の酒「江戸開城」(宮崎瑞穂撮影)

東京23区唯一の酒蔵「東京港醸造」(港区)。オフィス街の小路を入った一角にある22坪の小さな敷地で造られる日本酒は、作り手が持つ〝東京〟へのこだわりを感じさせる。日本酒の命である水には、東京の「水道水」を採用。東京産のコメや、江戸(東京)に古くから伝わる酵母も活用し、「東京の酒」を醸している。(永井大輔)

狭いからこそ

8月下旬の早朝、ビル4階のベランダから、もわっと大きな蒸気が上がった。釜で真っ白に蒸された酒米を杜氏(とうじ)の寺沢善実さん(60)が手際よく集め、専用のパイプを通じて3階に下ろす。他の蔵人が広げてもみほぐし、熱が取れたら2階に運んで、麴と水が入ったもろみタンクに入れて仕込む。発酵して絞られた酒は1階へ向かい、瓶に詰められ店頭に並ぶ。

22坪の限られた土地を縦方向に使った4階建てのビルで、上階から下りてくるように酒米が日本酒となっていく様子は、広い土地を活用する一般的な酒蔵とは一線を画していた。

ビルに囲まれた東京港醸造の酒蔵。22坪から東京の酒が生まれる(宮崎瑞穂撮影)
ビルに囲まれた東京港醸造の酒蔵。22坪から東京の酒が生まれる(宮崎瑞穂撮影)
仕込みをする杜氏の寺沢善実さん(左)=東京都港区(宮崎瑞穂撮影)
仕込みをする杜氏の寺沢善実さん(左)=東京都港区(宮崎瑞穂撮影)

「狭いからこそ、良い酒を年間通して少しずつ造ることができる」と寺沢さん。日本酒の多くは、気温の低い冬季に仕込みを行うが、東京港醸造は、面積が狭いため季節による温度や湿度の影響が小さく、一年を通して各階の室温を10~21度程度に保ちながら酒造りに適した環境を維持している。

蔵は文化9(1812)年創業の造り酒屋「若松屋」から始まった。当時の港区芝は周囲を大名屋敷に囲まれ、西郷隆盛をはじめとした薩摩藩の人々に重宝されたが、明治42年に廃業。約100年後の平成23年、7代目にあたる斉藤俊一さん(67)が、地域の活性化を目指し東京港醸造を開業した。

水道水を使って

こだわったのは、江戸(東京)の酒であること。日本酒に使う水は東京の「水道水」。一般的にまずいというイメージがある東京の水だが、寺沢さんが専門の研究室に確認を取ったところ、日本酒への高い適性が判明した。京都府の大手酒造メーカーで30年以上勤務してきた寺沢さんが、水道水で日本酒を試作したところ、「京都の水と比べても、なんら遜色がなかった」という。

東京の水道水は、高度浄水処理が施されており、ミネラルウオーターに近い水が出る仕組みになっている。「自然の湧き水などよりも、安全が保証されている」と寺沢さん。「硬水は辛口、軟水は甘口の酒になる。東京の水は中硬水で、昔から造っていた京都伏見の水に近かった」と話す。

代表銘柄「江戸開城」は、江戸城の無血開城に関わった勝海舟や西郷隆盛が若松屋に出入りしていたとの言い伝えにちなむ。米の磨き方や酵母など若干の違いはあるが、江戸開城シリーズは食中酒として、さわりなく飲めるのが特徴。都会的な口当たりを意識し、中口~甘口ですっきり飲める味わいに仕上げた。

特に、江戸開城の「All Edo」シリーズは、東京産のコメ、江戸に古くから伝わる酵母「yedo」、そして東京の水道水と、米・水・酵母に至るまで全て東京産にこだわった。売り切れになることも多い人気商品だ。

寺沢さんは「少人数で、素材の特徴が出るような酒を少しずつ造ってきた」と力を込める。

一方、新型コロナウイルス禍による不安もある。

7代目の斉藤さんは、酒造メーカーの衰退を懸念。飲食業には国から給付金などの補償があるが、製造業へのサポートは手薄い。斉藤さんは「コロナ禍でうちは約25%減。同業者には50%以上売り上げが減ったところもある」と話す。「清酒製造免許の取得が難しいため、酒造業界は新規参入が難しい。今ある酒蔵を、しっかり支援をしなければ日本の文化である日本酒業界はなくなってしまう」と危機感を口にした。