「命を最優先に」 イタリア在住の日本人美術作家が新刊に込めた思い - 産経ニュース

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「命を最優先に」 イタリア在住の日本人美術作家が新刊に込めた思い

工藤あゆみさん(本人提供)
工藤あゆみさん(本人提供)

イタリア在住の日本人アーティスト、工藤あゆみさんが、新型コロナウイルスの感染拡大で昨年ロックダウン(都市封鎖)となった際、SNSで発表し続けた作品を収録した『キスの練習をしています また会える日のために』(青幻舎・1980円)を刊行した。絵と文章でステイホームの意義やさまざまな思い、「命」を最優先する生活を訴えた作品は、日本でも「心が落ち着いた」「丁寧に生きようと思いました」などと反響を呼んでいる。

ロックダウン

「この本が、(コロナ禍の)日々を振り返って、ご自分を『お疲れさま』と労い、ひと息ついていただけるきっかけになれば」

工藤さんが日本でこの夏刊行した本書には、2020年3月10日、イタリア全土に「IO RESTO A CASA(私は家にいる)」政策が施行されたその日から書き始められた作品85点が収録されている。

たとえば、工藤さんの絵のキャラクター「あの子」がさまざまなポーズをとり、〈家に居ること。心身健やかでいること。誰かの命のために、今私達にできることがあって嬉しい〉の文章がつく。

玄関で〈「ドアを開けてよう!」〉と扉を叩く狼らしき動物に、家の中にいる3人が〈「僕たち家にこもるんだ。君も自分の家でおこもりしなさいね」〉、大きなろうそくの回りを手をつないだ人々が囲み、〈私達はよい兆しの光をみんなで守る〉。あるいは〈今眠っているありとあらゆる神様仏様の目を覚ましに行こう〉、「言霊に頼ってみたかったのかもしれません」と虹の糸電話で話す2人の絵に〈きっと大丈夫よ。なんとかなるよ〉の文も。

3カ月にわたったロックダウンのなか、夜、食卓に紙と色鉛筆を置き、「『元気にしていますか。どんな日々を過ごしていますか』とお手紙を書くように。自他を『励ましたい』、そして『伝えたい』という気持ち」で約100作品を描いた。そして、「誰かにとって今日という日の小さな楽しみになれないかな」とフェイスブックとインスタグラム、ホームページで発表し続けた。

 『キスの練習をしています また会える日のために』
『キスの練習をしています また会える日のために』
救いのきっかけ

当時を振り返り、「杞憂に杞憂を重ねる気質で、本当は怖くてつらくてたまらなかった」「後半は体力気力の限界で、自分がやるべきことはこれでいいのかと葛藤もあった」という工藤さんの救いになったのが、当時3歳の娘さんだった。

書名、表紙になった作品は、日常のあいさつであるキス、ハグ、握手が禁止になったと伝えると、「『こうすればいいね』とキスをして、それをふぅーっと吹いて私のほっぺに届けてくれた」のがモチーフに。

家に閉じこもる非常事態の恐怖に対し、「この状況を鬼ごっこやかくれんぼのように」受け止め、「隔離によってウイルスから身を守られているという視点」を教えてもくれた。そこから、街から人と音が消えた心細い状態も「無音は人々と社会の一致団結の音なのだ」と気づかされ、「あの子」が窓の外の音に耳をそばだて〈一致団結の音をきく〉の作品も生まれた。

「子供の視点、考え方、行動は迷える大人達や社会の不安定なバランスを整える助けになるように感じます」と工藤さん。

作品の根底にあるのは、「何をおいても命が優先、自分だけでなく他者の命も尊重すべきであること」。だが、実際には「表に立つ人の発言と表情、政策、伝わってくるニュース。その多くが人命より経済だよと言っているよう」にも見え、「全人類がもう一度胸に手を当てて自問自答して、その回答を紙に書いておでこにはったほうがいいと思います(自分と他人のために)」とも訴える。

広がる反響

今年2月、本書の作品の一部を出品し、大賞を受賞した岡山県新進美術家育成「I氏賞」展の会場では、「自分の今できること、やるべきことを頑張ろうと思った」「様々な立場の人の気持ちを考えた」などのメッセージが寄せられた。8月に東京で開催された作品展では「世の中のことに向き合おうと思った」などの反響も。

人生には自分の力では何ともできない状況も訪れるが、「この本で、心の筋肉(おそらく普段は使われていない場所)を動かし、感情や思考を整え、また頑張って生きていこうと元気が出てくれたら」と工藤さんは願っている。

くどう・あゆみ 昭和55(1980)年、岡山市生まれ。2002年にイタリアに渡り、10年に国立カッラーラアカデミア美術大学絵画科卒。12、19年、ボローニャ国際絵本原画展入賞、21年、岡山県新進美術家育成「I氏賞」大賞。著書に「はかれないものをはかる」(青幻舎)。彫刻家の夫と娘と3人でミラノ近郊に在住。