【紀伊半島豪雨10年】遺族会代表、忘れても忘れさせても「あかん」 - 産経ニュース

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紀伊半島豪雨10年

遺族会代表、忘れても忘れさせても「あかん」

紀伊半島豪雨について講演する岩渕三千生さん=和歌山県警新宮署
紀伊半島豪雨について講演する岩渕三千生さん=和歌山県警新宮署

今月で発生から10年となった紀伊半島豪雨で、和歌山県那智勝浦町の遺族会代表、岩渕三千生(みちお)さん(60)が県警新宮署で講演した。町では自治体別で最多の28人が死亡、1人が行方不明になっており、10年前の悲劇について「忘れたらあかん。忘れさせたらあかん」と、改めて遺族会の活動を続ける意義を強調した。

豪雨の風化防止を目的に開催。新宮署員をはじめ、町役場や町消防本部の職員ら計約20人が集まり、講演に耳を傾けた。

岩渕さんは10年前の被災直後、三重県紀宝町の自宅から那智勝浦町の実家に向かい、実家近くでがれきや流された岩、車などが広がる現場を目撃。実家に暮らしていた当時15歳のおいが行方不明になり、約1週間後、遺体で発見された。約1カ月後には、おいの死に心を痛めていた父が76歳で亡くなった。

翌24年1月、那智勝浦町の遺族会を結成。毎年、土石流が起き始めたとされる9月4日の未明に明かりをともして犠牲者を追悼する行事を続けている。

講演では、こうした経験や当時の警察、自衛隊の対応などを振り返り、ときには警察の対応のまずさにも言及。「過去の災害の歴史を知った上で、今後の防災を考えないといけない」と力説した。

豪雨から10年の思いを出席者から問われると、「何年経とうが気持ちは一緒。(豪雨の経験は)死ぬまで背負わないといけない」と述べた。さらに「水害で遺族は出てほしくない」とし、災害時には「生きたかったら自分で自分の身を守らないといけない」とも語った。

講演を聞いた新宮署警備課の三谷真寛巡査部長(31)は「当時の警察の活動は上司の話や記録でしか知らなかった。災害が起きた時の参考にしたい」と話していた。