大阪市美術館、終戦翌年誕生の地下の美術研究所縮小へ - 産経ニュース

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大阪市美術館、終戦翌年誕生の地下の美術研究所縮小へ

大阪市立美術館の地下にある美術研究所の入り口(中央下)。改修にともない規模が縮小される=大阪市天王寺区
大阪市立美術館の地下にある美術研究所の入り口(中央下)。改修にともない規模が縮小される=大阪市天王寺区

日本を代表する洋画家の小磯(こいそ)良平らが講師をつとめ、多くの美術家を輩出してきた大阪市立美術館(同市天王寺区)の専門教育施設「美術研究所」が大幅に縮小されることが分かった。令和4年度からの同館の大規模改修に伴い、同研究所のある地下部分を美術品の収蔵庫にする必要があり、スペースが確保できなくなったのが理由。改修後の7年度に一部を残して再スタートするが、昭和21年に設立された芸術の名門は大きな曲がり角を迎えている。

地下の美術研究所で石膏をデッサンする研究生(大阪市立美術館提供)
地下の美術研究所で石膏をデッサンする研究生(大阪市立美術館提供)

同研究所は、同美術館が連合国軍総司令部(GHQ)に接収されたため、職員の雇用確保と暗い世相の中でも美術を普及させることを目的に昭和21年7月、同美術館付設美術研究所として、市内に開設。接収解除を受けて23年、同美術館の地下に移った。

美術研究所が入る大阪市立美術館。大規模な改修工事が行われる=大阪市天王寺区
美術研究所が入る大阪市立美術館。大規模な改修工事が行われる=大阪市天王寺区

美術家を目指す社会人たちの教育機関として、当初は日本画、洋画、彫塑(ちょうそ=彫刻と塑像)の3部門があり、小磯のほか、日本画は菅楯彦(すが・たてひこ)、洋画は須田国太郎、彫塑は保田龍門(りゅうもん)ら優れた芸術家が講師を務め、洋画家で文化功労者の絹谷幸二さんらが学んだ。

現在は、趣味で美術を楽しむ人を含め、約130人が在籍。素描部(石膏、人体)でデッサンの腕を磨き、実技コンクールで技術を習得したと認められると絵画部か彫塑部へ進級。公募展などへの出展を通じて実力を高めていく。

同美術館総務課によると、地下にある500平方メートルの一室で活動。当初は工事終了後に現状の規模での再開を目指し、美術品の収蔵施設を近くに建設する予定だった。しかし、新型コロナウイルスの影響で財政的に厳しくなり、美術館が国の登録有形文化財で増築が難しいこともあって、代替スペースは断念せざるを得なくなったという。

このため同研究所は4分の1ほどに縮小し、3階へ移動。絵画部と彫塑部は、作品を置くスペースが十分確保できなくなるため廃止し、石膏デッサン・素描の画家育成に特化した施設になる。同館は、昨年末に研究生に書面で通知し、説明会も行ったという。

改修の工事期間中、素描部はオンラインによる指導で継続するが、作品をその場に置いて指導する絵画部と彫塑部は、工事が始まる来春までに閉鎖する。

同美術館の塚田義(ただし)総務課長は「新しくオープンしたあとは、子供たちを含め、多くの人が美術を楽しめる取り組みを考えたい」と話している。