国内有数の港がある神奈川県横須賀市の三笠ターミナルから船で約10分。東京湾の無人島、緑豊かな猿島に着く。新型コロナウイルスの感染拡大で以前と状況は異なるが、通常時は海水浴やバーベキューを目的に多くの観光客が訪れ、島内の戦跡巡りも人気だ。
江戸末期、猿島に台場が築造され、大砲が置かれた。以降、軍事拠点としての歴史を歩み始める。嘉永6年にはペリー艦隊が来航、東京湾内を測量し、猿島を「ペリーアイランド」と名付けたという。
「猿島オフィシャルガイドブック」(発行・株式会社トライアングル)などによれば、明治10年に横須賀港が海軍港に指定されると、猿島は旧海軍の管理下に置かれ東京湾防御の要衝となる。明治14年には旧陸軍に移管され、要塞として弾薬庫や兵舎、隧道(ずいどう、トンネル)などの軍事施設が建設された。
この時期の構造物は愛知県で焼かれたレンガが使用され、主にレンガの長手と小口を交互に積む「フランス積み」が採用された。明治20年代以降に主流となった「イギリス積み」が見られる場所もある。石垣の積み方も年代によって違うなど、歴史の変遷が凝縮されている。
先の大戦中には高角砲も配備された。戦後は連合国軍に接収され、その後米国から返還されて現在に至る。
猿島への船を運航するトライアングル社は、船の発着に合わせて島内ガイドツアーを開催(現在はコロナ禍で休止)。高度な建造技術や当時の兵士の生活などを知ることができる。
島を巡れば、鬱蒼(うっそう)と茂る木々のはざまに、苔むした石垣や赤色のレンガが印象的に映る。非日常的な景観に異国情緒を感じるが、1世紀を経て残された軍事遺構は、戦争を学べる貴重な語り部である。
昨年、トライアングル社は猿島を未来に残せる島にしようと、「つづくみんなの猿島プロジェクト」を発足させた。SDGs(持続可能な開発目標)の考えをもとに、「環境・観光・学び」の循環を目指す。同社営業企画部の水上比弥(ともや)さんは「これほど戦跡のすぐそばで〝遊べる〟島はない。自然の中で歴史も環境も学べる島にしていきたい」と語る。
かつての海上要塞は、新たな形で日本の未来を守る学び場として醸成されていくだろう。
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アクセス 横須賀市の三笠ターミナルから船で約10分。ただし8月23日から新型コロナ感染拡大のため運航休止中。最新の運航情報はHP(https://www.tryangle-web.com/)で確認を。
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プロフィル 小林希(こばやし・のぞみ) 昭和57年生まれ、東京都出身。元編集者。出版社を退社し、世界放浪の旅へ。帰国後に『恋する旅女、世界をゆく―29歳、会社を辞めて旅に出た』(幻冬舎文庫)で作家に転身。主に旅、島、猫をテーマにしている。これまで世界60カ国、日本の離島は100島を巡った。