【勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一(308)】狙った三冠王 4拍子そろった簑田、運に恵まれず - 産経ニュース

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勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一(308)

狙った三冠王 4拍子そろった簑田、運に恵まれず

阪急・簑田浩二外野手
阪急・簑田浩二外野手

昭和59年、三冠王―とくれば〝ガラスの怪人〟から変身したブーマーだ。実はそのブーマーと途中まで〝三冠王〟を争った男が勇者にいた。「3番・右翼」簑田浩二である。

昭和27年3月11日生まれ、当時32歳、広島県出身。入団2年目の52年、巨人との日本シリーズ第4戦(後楽園)で1―2とリードされた九回2死、四球で歩いた藤井の代走に起用された簑田は二盗を決め、高井の左前ヒットで本塁へ同点のヘッドスライディング。一躍「俊足・簑田」の名を馳せた。

俊足、強打、強肩―さらに男前と4拍子そろった簑田は58年、中西太以来30年ぶりとなるトリプルスリー(打率・312、32本塁打、35盗塁)を達成していた。

◇6月2日 倉吉市営球場

近鉄 000 000 200=2

阪急 001 010 20×=4

(勝)今井8勝5敗 〔敗〕久保3勝4敗

(S)山沖4勝3敗6S

(本)栗橋⑦(今井)簑田⑮(久保)

同点に追いつかれた七回、2死一塁で簑田は久保の内角シュートを左翼へ決勝2ラン。この15号で本塁打争いの単独トップに立ち、打率も・356で首位打者。打点48はブーマーに次ぐ2位。

「タイトルの話はまだ早いよ。100試合を超えてからでないとね」と簑田はいつも笑った。だが、その心の内ではタイトルへの執念が燃え上がっていた。

簑田はこれまで2度、オールスターに出場した。だが、2度とも監督推薦。肩身の狭さを味わったという。

「やっぱり、この世界はタイトルを取らなきゃダメなんだよ。トリプルスリーといったって…」

いまでこそトリプルスリーはタイトルに匹敵する偉業―と評価されるが、当時は連盟表彰もなく〝いい選手〟の証明程度。球宴のベンチも片隅だった。

「王さんはね、毎年、『オレは三冠王を取るんだ』と暗示をかけてシーズンに臨んでいた。あれほどの打者でも、そこまで自分を追い詰めないとタイトルなんて取れないんだよ」

ちなみに簑田はプロ生活15年、無冠に終わった。原因はケガ。この年も6月14日の西武戦から「左手甲痛」を訴えて欠場、失速した。タイトル獲得には〝運〟も必要なのである。 (敬称略)